ありのままを受け入れるなんて無理!嫌な相手や現実のストレスから自由になる方法

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他人や現実は変えられないとわかっているけど、人間関係や毎日が苦痛。そこで「変わってほしい」と願うけど、スピリチュアルや心理学では「ありのままを受け入れなさい」とも言われます。でも「嫌なものを認めるなんて無理!」という方へ。ではどうすればいい?変えられない相手や現実のストレスから自由になる方法についてお話ししたいと思います。

ありのままを受け入れるなんて無理!嫌な相手や現実のストレスから自由になる方法

「あの人って、一言多すぎる」

「大切な連絡事項だし、ちゃんとメールを返してほしいなぁ」

「ずっと並んでいるのに。横入りって、なくない?」

「すぐにお皿を洗ってよ!」

などなどなど……。

他人は変えられないことはわかっているけど、「変えたい」「変わってほしい」。そんなふうに人のことを思ってしまう。そんなことは、ありませんか?

素晴らしい「ニーバーの祈り」の助言がむしろ辛い。

そこでよく助言として使われるのが、以下の「ニーバーの祈り」。

神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。

変えるべきものを変える勇気を、

そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えてください。

受け入れるというのは、その人や現実がどうであれ、物事はあるがままであると認めることですね。
英語では、「Let it go」とも言いますが、諦めて手放すというニュアンスもあります。

参考:引き寄せ・願望実現の鉄則。願いを受けとるために一番必要なことは?

そして、「ニーバーの祈り」を人間関係に当てはめれば、他人は変えられないから受け入れなさい。で、変えることができる自分を変えなさいということにもなりますね。

確かに。素晴らしい助言です。

でも…

となると心が軽くなるどころか、余計にストレスを感じてしまったりもしませんか?

「嫌いな相手を好きになれない」

「嫌なことに良い面があるなんて思えない」

「目についてしまって、どうしても流せない」

と、変えられない自分がダメなんじゃないか、悪いのではと、さらに辛くなるんです。

「あの人が嫌」な自分は、まず受け入れていい。

ニーバーの祈りで辛くなってしまうのは、本来変えられないはずの、「嫌だ」と思うありのままのホンネを無理やり別物に変えようとするからです。

そして、相手を「嫌だ」、現実は「ネガティブ」と感じる自分のことをダメ出ししているんですね。

それは嫌な気分になるはず。

そして、「間違っている」と思う人の言動や目の前の現実を「正しい」と同意せ“ねば”と、今感じている思いを無理に変えようとしたり。

本来それが「嫌」なのに「好き」とか「良い」と思い直す“べき”と奮闘したり。

または、「嫌だな」「辛いな」という気持ちを思っているのに、「ムシ」したり、「無し」にし“ないと”ダメだ、と打ち消そうとしたり。

でも、ニーバーの祈りでは、そんなことが必要だとは、言っていません。

教えてくれていることは、

変えられないものは受け入れて、変えられるものは勇気を持って変えること。

それが、変えられるものなのか、変えられないものかどうかを見抜く知恵を持ちましょうという話。

ここで忘れないでいたいのは、私たちが今そう感じる、「相手が嫌い」「現実が嫌」というありのままに感じていることも、変えられないと受け入れて良いものだということです。

だって、今現実に、まぎれもなくそう感じたのですから。

聖人君子のように、「変えられるはずのもの」「別の感じ方をしなければいけないもの」と、力技で変えなければいけないものではありません。

そこで、まず手放すものは、自分は「こう思うべき」「こう感じなければ」と、コントロールしようとする自分の心です。

それが「変えられるもの」。

自分の心をかのように、あるようにする。カッとなったり、ストレスを感じて毒づきそうになってしまったりする自分の思いや自分自身を丸ごと受け入れること。

自分の思い通りに、今感じている自分の思いを、無理やり変えようとコントロールする心を手放す(あきらめる)ことです。

つまり、ひとまずは感じる心を自由にするということですね。

そもそも私たちが嫌な気持ちになるのは、「本来こうしたい」と願う心と逆のことが起きているからです。

参考:願望実現は、好きなことを頑張らずにやるとうまくいく? 潜在意識の仕組みと感情の先取りとの関係について。

「嫌だ」と感じている自分をひっくるめた現実のすべてがそこにあるのに、「無い」としようとすることは、心と逆のことが生じています。

だから、余計に嫌な気分が助長されるだけなのです。

怒りの矛先が相手や状況に向かえば被害者意識が芽生えるでしょう。それが自分に向かえば無力感や鬱につながります。

そこでまずは、目の前の現実を「嫌だ」と感じている自分を受け入れること。

ネガティブな気持ちを感じる等身大の自分を変えようとすることを諦めること。

そうすることで、私たちは心の抵抗を減らすことができます。

十分に感じ切ってしまうと、心はクールダウンされます。そして、あるのに無いとしようとしていた現実の側面も体験できるようになります。

「嫌だ」と感じない自分も、「嫌だ」と感じる自分も両方ひっくるめた現実全体を経験することは統合です。そして、それは本当の自分を知ることにもつながっていきます。

自己受容とは? 素直な自分を認めることが成長の一歩。

このありのままの自分(を包む現実全体)を受け入れるというプロセスは、心理学で自己受容とも言われます。

自己受容は、個人が自分自身と素直に向き合い、自分自身の感情や経験に対してオープンになる結果、個人の成長や変容が生まれると考えられています。

私の自己受容のプロセス:ありのままの自分で本当に幸せになれるの? マガジンハウスからホームレス編集者へ。アメリカ先住民ナバホ族の集落で死にかけて学べた私の幸福学。

つまり、不思議な話ですが、ありのままの自分の心の動きを変えようとしないことで、おのずと、変わっていくということです。

クライアント中心療法を提唱したカール・ロジャーズの以下のような名言もあります。彼は、素直な自分を認めること、つまり、自己受容による変化と成長への道を重視した心理学者です。


☆『カール・ロジャーズ カウンセリングの原点』
ロジャーズは、セラピストの3つの条件として、「無条件の肯定的配慮」(クライアントに対して条件や指示を与えるのではなく、まず受け入れる姿勢で臨むこと)、「共感的理解」(クライアントの身になって考え、感じようとすること)、「自己一致」(セラピストがありのままであり、純粋であること)を挙げた。1960年に来日した際、ロジャーズは、「自己一致」がもっとも大切だと即答した。

興味深い逆説だが、自分自身をありのままに受け入れたときに、私は変えることができるのだ。

自動操縦的にその思いに振り回されるのではなく、気づいて受け入れる。その存在を知る。

そうすると、その思いは、私たちにきちんと知ってもらえたということで、危機が迫ると知らせる警鐘音のボリュームも下がっていきます。

つまり、波立っていた水が静かになり、鏡のようになった湖面のように心が落ち着いてきて、現実もより見えるようになってきます。

変えられない自分の側面、特にネガティブな一面を認めるというのは、ある意味、開き直るようにも見える姿勢です。

けれども、それは自分が見たり聞いたりしたいように現実の経験を都合の良いように心の中でコントロールするという意味ではありません。

というよりも仏教の「無心」の考え方に近いです。「かのように起こるのを許す」ということです。

「無心」では、物事が起こる原因や意味を追求するというよりも、その状況や現象をただ受け入れ、自分自身がそれに対して平静でいることが重要だとされています。

この教えもまた、ストレスや苦しみを減らし、自己成長を促すために役立つとされています。

バシャールもまた、大きなパラドックスだけれども、私たちが闇を無条件に愛しているときは、闇を経験する必要がなくなると言います。

その理由は、私たちは闇をも光と同じように価値あるものとして扱っているから。

ここでの闇とは、私たちのネガティブな思いや気分のことです。

嫌な相手や現実のストレスから自由になる5ステップ。

そこで、嫌な相手や現実のストレスから自由になる方法をまとめると以下の5ステップです。

①自分の感情を受け入れる

まずは、自分自身の感情を受け入れることから始めましょう。嫌な気持ちや抵抗感があることを認めます。そう感じている自分を許すのです。

悲しみや恥ずかしさ、絶望感など、感情として感じるのが辛い、どうしても抵抗してしまう場合があります。

その場合は、体の感覚に意識を向けましょう。

手先が冷たくなって感覚が無くなったり、顔が熱くなったり。人によってさまざまです。

強い感情を抱いたときは、深呼吸しながら、体の実感に心を傾けます。そしてありのままの感覚を感じきります。

☆『僕のフォーカシング=カウンセリング ひとときの生を言い表す』
言葉にならない身体感覚から自分のホンネに耳を澄ませるかカウンセリング手法
フォーカシングを第一人者・池見先生が解説。

②ほっとできることをする(心がざわつくことはしない)

嫌な気分がいっぱいなときは、視野が狭くなると、心理学者のバーバラ・フレドリクソン博士は言います。そこで、マイナスの感情を、ゼロポイント(ニュートラル)に戻すために、選べる現実の中で、ほっとできることに目を向け、選択しましょう。

例えば、その場を離れる、温かいドリンクを飲む、猫を触る、公園を散歩する、好きなドラマや本、漫画を見るなどです。

これは、何か行動をしなければいけないというわけではありません。

しんどくなるなら何もしない、心がざわつくことをせず、休むというのがほっとできることなら、それを選択しましょう。

③ズームアウトする

今ある必死な現実も、100年、200年先の目線でとらえてみると、小さなものです。視点を少しズームアウトすることで、冷静になることができます。

これは、先日、父方の祖母のアルバムを従姉妹に送ってもらって見ているうちに気づいたことです。父方の祖母は、父が大学生の頃に亡くなったので、私は一度も会ったことがありません。

そこには、女学生時代の彼女、祖父との結婚式、伯父や伯母、父の子どもの頃、会ったことがない大伯母、曽祖母の姿がありました。

私の知らない歴史であり、でも確実に自分につながっている人たちの姿です。

曽祖母の写真なんて、もう日本昔ばなしの世界でした。貫禄がありすぎて。

泣いたり笑ったり精一杯生きてきた彼ら。その長く続いてきた家族史の一端に自分が発生していると思うと、感慨深いものがありました。

そして、今現在の私の右往左往も、100年後になったら、セピア色の小さな歴史の一コマになるんだなぁと。

肩の力が良い意味で抜けたんですね。

大きな視点で自分を捉え直したときに、バトンを渡された自分の命の価値を実感したと同時に、我が抜けたんです。

小さなことをこだわるのが、命の時間の中で、なんかもったいないなぁと。

私たちは今ここを生きています。今この瞬間を大切に生きる意味でも、自分の命は大きく続く命の繋がりの流れの中にあること。

そして私という小さく短い一瞬の命の輝きを放っていること。

そう改めて認識することで、さらに大きな視点で今起きていることを捉え直す意識へとつながっていきます。

④他の視点から現実を捉え直す

気持ちがマイナスからニュートラルまで浮上してきたら、他の視点の可能性を探ります。たとえば、相手の立場や状況に立って考えることで、現実をより深く理解できるかもしれません。

時間がなくて焦っていたのかもしれません。体調が悪かったのかもしれません。

他の緊急事項などの問題を抱えているのかもしれません。

それは、相手の傍若無人な振る舞いを許せ、もっと犠牲的になりなさいと言っているわけではありません。

あくまでも、視野を広げることで、私たちの心をラクに、自由にするためです。相手の行動や言動が理解できるようになることで、抵抗感を減らすことができます。

またより受け入れる器が広がることで、自己受容や自信もさらについていきます。

もしも、このステップで腹が立ってしょうがない、心がざわつくという場合は、STEP1、STEP2、STEP3が十分ではありません。

まずは、ありのままの自分を受け入れてあげること。心が落ち着くまで、前の2ステップをじっくりと行う時間を自分に許してあげてください。

⑤ポジティブな要素を見つけ、ニュートラルになる

現実には、必ずネガティブな要素とポジティブな要素の両方があります。

また、減ったように見えることも、実は、必ず何かを得ています。例えばお金を使って商品やサービスを購入すると、お金は減るけど、その対価を受け取っています。

誰かに何かをしてあげると、「ありがとう」という言葉を受けとることができたり、新しい経験や自信をつけられたりすることもありますね。

つまり、失敗や不快な出来事などのネガティブな物事に関しても同じ。

そのネガティブが起きたことで、得られたものはなんでしょうか?

気づいたこと、学びはありますか?

そこでの問いの根幹は、

「これは私がさらに自由に、自分らしく生きるために起きているとしたら、なぜ?」です。

 体験はすべて、私たちのために私たちが起こしている。

ネガティブな出来事が起こった場合にも、その経験から得られたポジティブな側面を見つけ出すことができると、出来事への捉え方が変わります。例えば、失敗したプロジェクトから、新たな学びを得ることができたり、自分の弱点に気づくことができたりするかもしれません。

その結果、過去のマイナスは失敗ではなくなります。あぁ、ここでうまくいくために必要なプロセスだったんだ…と、本来変わらないはずの過去の経験が、ガラリと変わるのです。

逆にポジティブな出来事が起きたときに、そこでのネガティブな要素も把握しておければ、その次に何が起きても、自分軸を保てます。

ポジティブでもネガティブでも、そこから得られた気づきを生かすことで、同じ過ちを繰り返す必要がなくなります。また、自分自身が過去の経験から学びを得ているという自信を持つことで、未来に対してより前向きに取り組むこともできます。

目の前の現実は私たち自身が起こしているものであり、それぞれの経験から得られる気づきを見つけ、それを生かすことが、成長や前進への道を拓くことにつながります。

そこで、他人や現実を変えることはできないことを受け入れることが、ストレスから解放される第一歩です。

とはいえ、スピリチュアルや心理学で言われる「ありのままを受け入れる」という考え方は、犠牲的になれという意味ではありません。そして、現実を受け入れることは簡単ではありません。

そこで、ニーバーの祈りが語るように、自分自身を受け入れることから始めましょう。自分自身を許し、自分の感情を受け入れることで、変えられない相手や現実に対するストレスから一歩自由になることができます。

そこで嫌な現実や相手から自由になるための5つのステップでは、まず、自分の感情を受け入れ、自分に優しくなることから始めましょう。次に、心がざわつくことをしないことを心がけ、ほっとできることをすることでストレスを解消しましょう。そして、他の視点から現実を捉え直し、ポジティブな要素を見つけることで、自分自身や周りの人々に対する理解が深まります。

お役に立てれば嬉しいです。

最後までお読みくださり、ありがとうございました☺️