home 東京薪割り生活 [1] 東京23区で薪割り生活

[1] 東京23区で薪割り生活

4年半のアメリカ生活を終えて、ふたたび大都会 東京での暮らしが始まりました。立派なビル群を背景に、足早に闊歩するキレイな服の人たち…。ところがどうやら今のところ、わたしの新しい東京はそんな生活とはいっぷう違ったもののようです。

目覚ましはヒヨドリ。

まず11月に入ってからというもの、私の一日はヒヨドリに起こされるところから始まります。真っ黒でつぶらな瞳のヒヨさんは虫も殺さないような顔をして、ガラス窓をくちばしでガツンガツンとダイナミックに襲撃したのち、律儀にもベランダの手すりに謎の木の実を数粒と糞を置き土産にしていきます。

ヒヨドリ目覚ましで目を覚ますと、次は部屋の温めに入ります。庭に出て木っ端と丸太を拾ったら、暖炉に入るように30cm程度の長さにノコギリでカット。木を選ぶ際は、切りやすくて燃えやすいしっかりと乾いたものを吟味します。

カラカラと十分に水分が抜けた丸太は、断面を半分程度ノコギリで切ったら地面に叩きつけます。そうするとパーンッと気持ちよく折れてくれるんです。ところがどっこい未だ湿っていて折れなかったときは、手首と腕全体にズシンと鈍い痛みが走って悶絶することに。

さてノコギリを引いているあいだは、焦ってはいけません。というのも以前に早く淹れたてのコーヒーが飲みたくて沸かす湯を横目に作業していたとき、親指の先を少しだけ切ってしまったことがあるからです。まだまだマキワリ生活入部したてなのです。

そんなこともあって私の手は野ばらの茂みにやられたり、すっかり謎の傷だらけ。今は以前に東京で女性誌の編集者をしていたときとは全然違う、ネイルもない短い爪のこざっぱりとした両手です。でも、これはこれでまたなかなか気に入っています。

木とノコギリとわたしだけの世界。

ところで道元という曹洞宗をひらいた禅のお坊さんが説いた、ありふれた日常のあれこれを在るべきように勤めることですべての時間が修行になるという教えは、深い智慧だと実感します。木を切っているあいだは、この広い世界の登場人物は木とノコギリとわたしだけ。そう感じると、ふぅーっと時間も世界も広がっていきます。そしてとても不思議なのは拡張したはずなのに、「このままオンナ一人老いさらばえて、どこへ行く?」というもやもやした不安は心に入り込むスキが無くなります。

そしていよいよ暖炉に火をつけます。これはコツがいって、最初から大きな丸太に炎は広がりません。大きな目標も小さな一歩から始まるという、なんだか人生訓のようです。急がば回れ。

まず集めておいたチラシや書き損じの紙、レシートなどを少しクシャッとシワにしてマッチで火をつけます。そして木っ端や乾燥したツルにじわじわと火を広げて…次はダンボールです。

紙類は丸太に炎がうつるまでに燃えて無くなってしまうことが多いですが、ダンボールは力強い炎を比較的長く出しながら薪にきちんと着火してくれる、頼りになる助っ人です。そして燃えた後の灰は、家主のヨーコちゃんに教わったように木の根元に戻します。栄養になるのだとか。生も死も、始まりも終わりもないという循環の営みを少しだけ肌で感じます。

ご先祖さんと5分間の語り合い。

部屋が暖かくなっきたら神棚と仏壇の水をかえて、線香を一本備えます。般若心経や御真言を唱えて、この家を守っているヨーコちゃんのご先祖の霊魂と5分間坐ります。この時間はわたしの毎日に欠かせないもので、気のせいかもしれないけれど、彼らから大切なことを教わったり気づかされたり、励まされたりしています。だからひとりだけど、一人で暮らしている気はしません。

そして大好きなコーヒーの時間。このあいだ図書館の帰りに見つけた焙煎コーヒー販売スタンド SECOND STORY COFFEE ROASTERSの豆を手挽きのミルで挽いてハンドドリップで淹れます。フィルターはなるべくゴミを増やさないようにcoresのゴールドフィルタードリッパーを使います。

朝の常連客 オレンジ色のしま猫登場。

コーヒーを飲んでいると、いつものオレンジ色のしま猫が朝食の催促にやってきました。喧嘩の痕跡か左耳の先が無く、野良猫にしては恰幅のよい彼女(彼?)。「ニャアニャア」とガラス越しにかなり積極的な催促をしてくるわりに、鰹節をよそおうために外に出るとザッと茂みに隠れます。そこでそぉっと部屋に戻ると、彼女はガツガツと勢いよく花鰹を食べ、平らげるとさっさと去っていきます。

このしま猫は、今のわたしの人生の師匠のひとり。「親切をする」のに無意識に愛や承認や感謝を求めるという私がはまりがちのパターンから自由になれば、もっともっと毎日が楽しいよ!と教えてくれているんです。心から楽しんでわたしをサポートし続けてくれた、以前に暮らしていたカリフォルニア ベイエリアの恩人たちのようです。みんなに会えず寂しく感じるときは、このようにしてオレンジ色のしま猫を来客に自分の中にベイエリアのみんなに生きてもらうんです。

月に一度はヨーコちゃんと、彼女の山伏修行の先生の先達が帰ってきます。この家が人の交流で目覚めるときです。そうでないときは毎日の訪問客は鳥や猫(常連客のオレンジ色のしま猫以外にも黒いのと、ブチ猫もたまに訪ねてきます)などの動物たち、3日前にはハクビシンにも遭遇しました。東京23区の個人宅でも見かけるものなのですね。本当に眉の周りの毛が真っ白でした。

おばけみたいな巨大クモもときどき出没するので最初は見るたびに叫んでいましたが、淡路島で水晶を販売しながら暮らすハルカちゃんに「それ、ゴキブリを食べてくれるよ」と教わったので、お互いのパーソナルスペースを保ちながら共存しています。

4年半のアメリカ生活を経て、そんな東京暮らしが始まりました。

2 thoughts on “[1] 東京23区で薪割り生活

  1. 文章を読んでイラストを見てワクワクがどんどん溢れてきて今幸せな気持ちです。
    読んでいて子供の頃を思い出したり、ずっと探し続けてきたもの(心にしまっておいていつのまにか蓋をしていたもの)
    にまた出会った気がしています。
    私も自分の仕事を通じて、ワクワクしてもらえるような仕事がしたいと思ってます。いま、模索中です。
    ananの記事も読ませていただいてます。

    1. Mihoさん、コメントありがとうございます。ananwebも読んでくださって、とても嬉しいです。Mihoさんの温かなコメントは、私にワクワクを届けてくださいました。だからそれがきっと見つかりますし、Mihoさんはもうすでに私にそうしてくださったようにいろんな方にワクワクを届けられているんだと思いました。本当にありがとうございます。

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