あきよさんのお金と豊かさと幸せの関係

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図書館へ向かう途中に、緑色とブルーの羽根が美しい鳥を見かけます。興奮して家主のヨーコちゃんにメッセンジャーで伝えたら、「それはカワセミというんだよ」と教えてくれました。

 

幸せの青い鳥。

『青い鳥』という童話がありますね。幸せの青い鳥を探して大冒険していたけれど、実はそれは自分たちの家のなかにいたというお話。私がカリフォルニアで暮していたときには青い鳥といえばブルージェイという鳥をよく見かけたものですが、いつもこの童話のことを思い出しました。ブルージェイは息を飲むほど美しい瑠璃色の鳥なんだけど、鳴き声は見た目とアンバランスで「ギー!ギー!」とものすごくけたたましいんです。こじんまりとして可愛らしいカワセミに比べて、体も大きくて鮮やかな青色のヒヨドリのような姿です。

 

そんなことを思い出しながら日本の青い鳥 カワセミをうっとり幸せな気持ちで見ていたのに、突然寂しさに圧倒されそうになってしまいました。カリフォルニア ベイエリアのゆかちゃんやあきよさん、みんなのことを思い出して、言いようもない孤独感に襲われたんです。日本に帰ってから同居する家族も居ないし、毎日通う会社や学校も無い。以前の友だちたちはみんなそれぞれの生活や人生のペースがあって、今わたしたちの人生はあまり交差しないみたい。アメリカ生活とは違う静かで穏やかな毎日に癒されしみじみとした幸せを感じながらも、ふと自分だけが切り離されたような気分になってしまうときもあるんです。実際はそんなこと無いのにね。

 

そこで胸に手を当てて、ゆっくり二回深呼吸をしました。「大丈夫。私は大丈夫。みんなも大丈夫。すべての人が大丈夫」。みんなと一緒にいられないなら、私のなかでゆかちゃんやあきよさんやみんなに生きてもらったらいいんだ。みんなから教わったことをひとつずつやっていけば、いいんだ。そう思うと自然とまたにっこり笑顔になれました。

 

寂しさと喜びが混じった気持ち。

子どもの頃は、こんな寂しさと喜びが共存するような複雑な感情があるとは知りませんでした。ひょっとしたらアメリカに行って、そして帰国してもう一度日本で暮らすという今の今までそういう気持ちを知らないままだったかもしれません。

 

あきよさんから学んだことは、毎日を豊かに生きる術です。あきよさんは30代後半で単身渡米して、シングルマザーになりました。そして腕のいいガーデナーでもあり、小柄な体で木に登って見事に剪定します。あきよさんの腕にかかれば魔法みたいで庭には見事なベリーやそら豆が育ち、色とりどりの花をあしらった素敵なブーケを友だちに贈ります。アメリカに居ながら土鍋でご飯を炊き、梅干しだって漬けるんです、あきよさんは。

ハイジみたいなあきよさんの家には、タイの山岳民族の古い竹の繊維で作られたカバンや鈴つきの可愛らしい刺繍入りの中国靴など。旅の思い出がさりげなく顔を覗かせます。東京で編集者をしていたとき、スタイリストさんと「こんなふうに撮影したいね」と小道具を借りて作った世界とは全く漂う空気が違う。あきよさんが村の人たちと会話して触れ合った本物のぬくもりが伝わってくるのです。

 

シングルマザーでいつもお金が無かったとあきよさんは言うけど、ホームレスの人を見つけたら家に呼んで泊まらせたり。私もアメリカで放浪生活をしていたときは「おいでよ」とあきよさんは当たり前のように言って、1ヶ月間も泊まらせてくれました。私を泊まらせないで他の誰かに部屋を貸したら、物価の高いベイエリアだったら何十万も稼げるかもしれないのに。あきよさんはそんなことをしないで、パートナーのルールと一緒になって冷蔵庫まで開放して、私がむしゃむしゃと食べる姿を嬉しそうに眺めるのです。

 

豊かさとは自分を知ることから。

そう、あきよさんは豊かなんです。あきよさんから豊かさとはまず自分を知ることから。そしてどういうふうにお金を使うのかも含めて、自分の描く世界を工夫しながら創り上げていくことなんだと教わりました。あきよさんの口座にはきっと、徳の貯金がたっぷり貯まっているんだろうなと思います。それはゆかちゃんや家主のヨーコちゃんも同じ。ゆかちゃんの話はまたいつかゆっくりします。

 

そういえばあきよさんに連れられて、シニア向けコミュニティセンターのズンバのクラスに紛れこませてもらったこともあったっけ。「姪です」と二人で口裏を合わせて忍び込みました。私は最初の15分でバテてしまうという軟弱者だったけど、ファンクなズンバ・インストラクターの黒人女性の響き渡る声にリードされ、70代中心の会場は熱気ムンムン! さすがアメリカ、「ヘイ・ベイべー」というシニアのみなさんの掛け声も当然ネイティブ発音で本場感満載。どこか現実味がなくて、これは一体夢のなかの出来事かしらと思いました。

 

土鍋でご飯を炊くときはフツフツするまで強火で、あとは弱火で10分。豆腐に片栗粉をまぶして軽くフライしたものに、豆板醤を加えたピリ辛醤油をかけたらよく合うのよ。あきよさんがチャチャチャッと手際よく料理をしながら教えてくれたそんなことを、今は東京の台所で一人でやっています。

 

あきよさんに言われて、心に留めていることがもうひとつ。「私に恩返しをしたいと思ってくれるなら、私がやったことでもしアヤちゃんが嬉しかったことがあったら、それをいつか他の誰かにやってあげてね」。

 

幸せの青い鳥は、今いる場所に。今日もまた図書館に行ったら、カワセミを見かけるかな。