自分が自分の一番の味方に。はじめてのセルフコンパッション入門。

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生きていると失敗したり、大変な辛い思いをすることがたくさんあります。そんなときに必要なのが、セルフコンパッション。自分を大事にすること。自分に思いやりを持ち、優しくすることです。8月31日に、AWAKEMEさん主催の無料講座「はじめてのセルフコンパッション入門」をおこなわせていただくことになりました。私が挫折や失敗しながら、追いつづけてきたテーマです。皆さんにお会いできたら心から嬉しいです。

自分が自分の一番の味方でいよう! はじめてのセルフコンパッション入門

どんな完璧に見える人でも、失敗や挫折がまったくない人生を送る人はいません。

でも自分が苦しいとき、うまくいかなかったときに、そんなふうに冷静に思えませんよね。

自分の人生だけがダメで絶望的にどうしようもなく思えて、ひとりぼっちの暗がりにいるような気になってしまいます。

そして多くの場合、自分のことを責めるか、状況や周りの人を批判してしまいます。

けれどもそれこそが私たちが苦しくなり、仕事や人間関係などでもつらくなってしまう原因なのです。

セルフコンパッションとは?

そこで必要なのがセルフコンパッション。自分に思いやりを持つことです。

コンパッション(Compassion)とは英語で思いやりのこと。

思いやりといえば、自分以外の誰かに傾けるもの。そうイメージしませんか?

ところがセルフコンパッションは、他の誰でもない「あなた自身に優しくすること」。

「自分自身に思いやりを傾ける」ことです。

相手の機嫌をとるよりも、まず自分をご機嫌にすることに専念します。

うまくいかないときや苦しいときは、「わかるよ」「辛いね」「精一杯やっているよ」と自分に寄り添います。

幸せなときや成功しているときは、「よくやったね」「素晴らしいね」「頑張ったね」と自分をねぎらって、心から祝福します。

受けとること、自分に与えることに罪悪感を抱きません。

セルフコンパッションを阻む心の壁。

なるほど、セルフコンパッションって自分に優しくすることね。とてもシンプルね。わかりました以上。とならないのがセルフコンパッションの奥深いところです。

セルフコンパッションは、まさに道だなぁーと思うんですねー。

というのもセルフコンパッションを実際に行動に移すとなると、すごく難しいんです。

私は真っ直ぐではないセルフコンパッションの道を歩んできましたが、今もその冒険にあります。

参考:ありのままの自分で本当に幸せになれるの? マガジンハウスからホームレス編集者へ。アメリカ先住民ナバホ族の集落で死にかけて学べた私の幸福学。

例えばそれは、中年で会社を辞めた後に渡米して、英語ができなさすぎて劣等感まみれになったとき。その後、このへんちくりんな英語が私の言語なんだ、それでいいんだと、少しずつ認めていったという、あのプロセス。

例えばそれは、周りのみんなが年金問題や子育ての不安を語るとき、明日住む家をどうしようと翌日のことすら見えない自分のあやふやな人生を、これが今の私の人生なんだ、それでいいんだと、少しずつ認めていったという、プロセス。

それらがクリアしたと思ったら今度は、帰国してフリーランスなのにラムゼイハント症候群という重度の顔面麻痺に(驚愕!)。

参考:アメリカの禅センターで体験したお金を交わさない豊かな暮らし。 交通事故、顔面マヒで入院し気づいた私のお金のブロックを解除する

ど、ど、ど、どないことやねーんという感じです。

昨日まで動いた顔が動かずに、見た目はホラー。左目が閉じられず24時間激痛。言葉もうまく発音できない。ちょっと歩いたら倒れてしまって、体がまったく使いものにならない。

そこまで重症な時期は過ぎましたが、1年半経った今もなお後遺症はあります。たとえば、ご飯を食べると左目から謎の涙が出るとか。「なんだこりゃぁ!」です(笑)。

そんな自分の心と裏腹な体のペースを少しずつ認めていったという、あのプロセス。

どの過程も、一筋縄ではありませんでした。

そして、そこにはいつもセルフコンパッションが心強い支えになりました。

参考:誕生日にホテルステイを許して気分が上がった話。ここらへんから、等身大のセルフコンパッションを腑に落とせるように。

とはいえ、セルフコンパッションを今日実践したから、「今すぐに自分に優しくできて、人生薔薇色!」みたいになるわけじゃないんですね。

毎日、「ああー、ここにもまだ自分に優しくできる余地があったんだなぁ」と気づかされる日々です。

ここがまさにセルフコンパッションの奥深き道….。

というと「え、すぐにマスターできるんじゃないの?!(だったら止めようかな)」と思われるかもしれません。

でも自分が歩んで痛感するからこそ、やはり「セルフコンパッションは道です」とお伝えするほかありません。

ティク・ナット・ハン師やハリファックス老師、すごいスピリチュアルマスターと呼ばれる人たちとお会いして、直接学んできても感じたのは、すべての実践は、道であるということ。

彼らから学んだことは、点から点へワープするというのではなくて、地味なことを黙々とやっていったら気づいたらすごい山になったというひたむきさや根気強さ、信念の強さなんですね。

知識として知ったことは、自分の人生でやってみてはじめて血となり肉となるからです。

そして、それは本当に素晴らしい道です。

スピリチュアルマスターの例を出して、私の話をするといきなり次元下降しますが(苦笑)。それはどんどん深淵な(はたからみれば、高尚というよりも、よりプリミティブな。例えばトイレ行きたいときに我慢せずにいくのを許すとか、締め切りが迫ってくるけど、漫画を読むのを許すとか…笑)道になっていくんだなと感じています。

なぜ道であって、点から点へとワープできないのかというと、心の壁がそびえ立つからですね。

この壁さえなければ、あっさりセルフコンパッションも自分に許せます(生まれたばかりの赤ちゃんが当然のようにおしめを変えてくれと泣き叫んだり、愛されて育った猫が缶詰をねだったりするように)。

心の壁は、何本もの柱でできていて、そこには例えばこんな言葉が刻印されています。

相手のことを考える前に、まず自分を大事にするなんて。

つまり、セルフコンパッションってわがままなんじゃないの?

自分を甘やかすことで、自堕落になっていくだけじゃないの?

そんな不安や疑いがよぎって、「セルフコンパッションはわがまま」とか「セルフコンパッションはKY」とか「セルフコンパッションは堕落の道」とか。

そういった拒絶の柱がニョキニョキ立って壁になるんです。

胸を開こうにも心の壁が阻んで、自分が自分に優しくすることを許せないんです。

セルフコンパッションの3つの入口

そこで、心の壁を形作っている柱を、「ありがとう」「もう無くても大丈夫だよ」「安全だよ」と、一本一本抜いていくプロセスが必要なんですね。

それは自分の心と体の両方を使っておこなう必要があります。

そこで知識として知ったからパッと切り替わるというふうにはいかないんですね(私は頑固で頭でっかちなので、時間がかかります。でも時間をかけたぶん、一度切り替わると頑丈なスイッチになります☺️だから同じように時間がかかる人は、それを悔やむ必要はありません。頑固さには頑固である強みもあります。物事には必ず陰陽の両面があります。)

では柱を抜くためには、一体どうしたらいいんだろう?ということですが。

私は、頭と体両方のアプローチが必要だと思います。

頭のアプローチとは、知識として、「セルフコンパッションしても大丈夫。人との関係性が崩れない」という情報を得ること。

体のアプローチとは、自分に優しくすることが、自分や周りにどんな良い影響を与えるのかを実体験として体感することです。

ここでは、ブログなので頭のアプローチについて少しお話ししたいと思います。

セルフ・コンパッション研究の第一人者のクリスティン・ネフ博士は、「自分にも人にも優しいセルフコンパッション」には、3つの入り口があるといいます。

それは、以下の3つです。

・自分に優しくすること

・共通の人間性に触れること

・マインドフルネス

共通の人間性?

マインドフルネス??

ハテナハテナですね。

そこで、具体例を挙げてお話ししますね。

たとえば、大事な面接があって選ばれずに落ちてしまったとします。

そこで、まず

「今、(私は選ばれず、落ちてしまった。これからの生活はどうしよう…不安だし、無価値感もすごく)感じるのは、とても辛い」と気づきます。

その心に寄り添いながら、辛いと感じていること、自分はちっぽけで至らないと、そう感じている自分を許します。

これは気づきを得る、ありのままの自分の状態を受容れるということでマインドフルネスです。また、心に寄り添うという意味で、自分に優しくすることです。

その次は、

「誰でも(挫折感や不安、無価値感)と感じることはある」と思い返します。

そして、自分が今感じている苦しみで、自分の心を人と切り離すのではなく、共通の人間性、つまり誰もが人生で良いことも悪いことも、幸せなことも辛いことも体験しているのだと思い返します。

これが共通の人間性に触れること、です。

まだちょっと分かりにくいですよね。人間性、英語にしてhumanityのニュアンスがわかりにくいんですよね。

具体的な話をすると、例えば、私はアメリカなどで30、40軒の家に居候させてもらったんですね。

車中泊もあったし、ゲート付きのお城みたいな家もありました。そこで思ったのは、暮らしぶりはそれぞれでも、どんな人生でも、家族関係だったり、健康問題だったり、喜びも悲しみもあるんだということです。

普遍的な共通項があるんですね。

さらには私たちは誰もが一度生まれたら、死に向かうという運命を共有しています。愛するものとは必ず別れがあるし、自分自身も老いて病気になり、最後は死にます。

仏教の「一切皆苦(世の中のすべては苦しみである)」という、ガーンという悲劇的な共通の運命です。

私は居候中にいろんな人の家庭や生き方を見せていただきました。そこで幸福を左右するものは、根本的には、その人の捉え方の違い(どれだけ現実を受け入れているのか)と自己受容の度合い(どれだけ自分のことを受け入れているのか)なんだなと思ったんです。

たとえば、なにに豊かさを感じるのか、なにを大事にしているのか。それらがはっきりしていて、自分に与えることを許し、それになるべく従って生きている人は、心から幸せそうに見えました。そして一緒に過ごしていても楽しかったんです。

元に戻りますが、そこで共通の人間性に触れることとは、苦しい思いやうまくいかない経験をしたときに、「完璧な人生を送る人は誰もいない」と思い出すことです。

そして痛みの経験によって、その奥にある深淵なる共通性(=一切皆苦)に心を凍らせるのではなく、心を開きます。つながりを取り戻します。

これが共通の人間性に触れるということです。

そして、

「今この瞬間に自分が少しでもラクな気持ちになるには、何ができるだろう?」と自問自答。少しでも心地よくなれる考え方や行動を自分に許します。

これは自分の状況を明らめる、つまり正確に見つめるという意味でマインドフルネスです。また、少しでも心地よくなる方向性に自分を向かわせるということで、自分に優しくすることです。

というふうに、セルフコンパッションとはこの3つの柱を行ったりきたりしながら深めていくことだと思います。

ネフ博士は、いずれかひとつに取り組むと、他のふたつも取り組みやすくなるといいます。

そこで、最初は3つ全部できるようになろうと無理をしないこと。

たとえば「自分に優しくすること」から取り組んでみたり、「マインドフルネス(現実をありのまま客観視する)」に集中してみたり。自分にとってやりやすいものから始めてみるのがいいと思います。

自分が自分の1番の味方でいよう。セルフコンパッション入門

8月31日の講座では、このネフ博士のセルフコンパッションの定義などのセルフコンパッションについての基礎知識の説明や、私が体験したことを少しお話ししたいと思います。

講座の半分は、体や呼吸、心を開くマインドフルネスやセルフコンパッションのワークを実際に体験していただきます。

無料の講座です。

平日の中日の夜ですから、頭を使って疲れてしまうというよりも、その後でぐっすりお休みになっていただき、翌朝にリフレッシュしていただけるような内容にする予定です。

そこで、お風呂に入る感覚でお越しくださいませ🛀

ご自分を大事にして、穏やかで優しい気持ちになっていただければと願っています。

【開催概要】
AWAKEME “THE WORKSHOP”

日時:2022年8月31日(水) 20:00 – 21:00
場所:Zoom
講師:土居彩
参加費:無料

お申し込みの窓口は、以下のAWAKEME事務局となります。

ご興味ある方は、こちらよりお申し込みお願いいたします。

オンライン上ではありますが、皆さんにお会いできることを心より楽しみにしています。