home 魂ナビ 先が見えないままでもいい。今必要なのはムリに前向きになる力じゃない

先が見えないままでもいい。今必要なのはムリに前向きになる力じゃない

コロナ失業しそう…。

新型コロナウイルスで失業しそうな予感がしつつも、スーパーに向かえばトイレットペーパーも、卵も豆腐も手に入らない。「買い占めじゃなくて本当に必要なんだけどな…」。かくなるうえは庭の葉っぱか?!と己を鼓舞せんとも、やっぱり気分が滅入ります。

そんななか手に取ったのが、臨床40年の精神家で小説家の帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)さんの『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』です。wired magazineに寄稿されていた彼の記事に唸り、思わずAmazonで買ってしまいました。

wired magazineに帚木さんが寄稿された記事

これは研修医時代の帚木さんのお話です。帚木さんは、うまく治ったと思った患者さんがまた再入院したり、しかも前より重症になっている様子を目にして無力感を抱き、自信をなくしかけたそうです。そんなときに、ある医学論文を読んで稲妻に打たれます。そこに書かれていたのはネガティブ・ケイパビリティ(Negative Capability)という力。彼はこの能力を知ることで、精神科医としての職業生活も、作家としての創作行為も随分とラクになったそうです。

ネガティブ・ケイパビリティって?

さて能力といえば何かが出来ることを指しますが、ネガティブ・ケイパビリティとは解決出来ない宙ぶらりんの状態を耐えられる「負の力」のこと。このどうにもならない、答えの出ない事態に耐えられる能力こそが、相手と向き合う粘り強さにも、詩人たちが創造を生み出す力にもなるのだと言います。

英語ではこういった状態を表すサレンダー(Surrender)という言葉があります。マザー・テレサがこの言葉を使ったことで耳にしたのですが、それは完全なる自己放棄。「神様のお計らいにお任せします」という委ねの境地のことです。

暗い現実のほうが目に行く脳のクセ。

ネガティブというのは否定されるものです。でもそもそもにおいて私たちの脳って、後ろ向きに出来ているんです。だから「なんで私ってこんなにクヨクヨしちゃうの」とか「また怒っちゃった」と反省こそはしても、それで自分を責めたりしすぎないで安心してください。みんな例外なく、私たちの心はそのようにクセづいているんです。

このような人生の明るい面よりも暗い面のほうに目がいきやすいという、世界を判断するときの脳のクセ(偏り)を心理学ではネガティビティ・バイアス(後ろ向きバイアス)といいます。これは生まれつきのものではありません。実は私たちは生後7か月ぐらいまでは逆に良いことのほうに反応しやすいポジティビティ・バイアス(前向きバイアス)がかかっているんです。生まれたばかりはみんなポリアンナ、善きものを信じる楽観主義者なんですね。例えば6か月から7か月の赤ちゃんの前では、大人が恐ろしい形相や、怒った顔などネガティブな表情をするよりも、笑顔などハッピーな表情を浮かべたほうが反応しやすいという研究結果もあります(1)。

生後7か月を境に、ハッピー脳が後ろ向きに。

ところがそのハッピー脳は発達にしたがってネガティビティ・バイアスがかかり、私たちは悪いことのほうに反応しやすくなります。生後12か月頃ともなると、大人が新しいおもちゃの前でネガティブな表情を浮かべるとそのおもちゃに触れようとしなくなります。そのいっぽうで大人がおもちゃの前でハッピーな顔つきをしてみたところで、赤ちゃんの「おもちゃを使ってみたい」という気分は上がらないのだとか(1)。ネガティブさに比べてポジティブさが持つ威力は、もはや生後12か月で薄れてしまうのです。

というのも私たちは死ぬのも、傷つくのも怖い。批判されたら落ち込むし、失敗したら恥ずかしい。だから「危険や苦痛の可能性はいち早く察知して身を守ろう」と学習しながら脳が指令を出すようになるから。つまりネガティビティ・バイアスがかかっていなければ、人間のように頭が大きくて筋肉量も少ない弱小動物は、進化の過程で毒を口にして命を落としたり、猛獣から身を隠すことなく食べられてしまい、滅んでしまっていたはず。つまりネガティビティ・バイアスとは適応機能で、「嫌だ!」と思うばかりのものではないとおおらかに構えましょう。

ラッキーはスルーされがち。

でも当然そこにはデメリットがあって、それは目の前の幸せに気づけなくなってしまうということ。例えば買ったチケットよりも良い席に案内された生徒たちはなんの感謝も表さなかったけれど、悪い席に通された生徒たちはものすごく怒ったという心理学研究なんかもあります。またネガティビティ・バイアスがかかった私たちは約束が破られたときは期待を裏切られて強い怒りを感じるけれど、見込み以上のことをされたところでそれに見合うほどには十分に感謝しないものなのだそう。不運に比べて、ラッキーは無意識のうちにスルーしてしまうのです(2)。

世の中のメディアに悪いニュースがあふれているのはなぜでしょう? そのほうが目を引くからです。例えば新型コロナウイルスの騒ぎでスーパーに買い占めが起こりました。きっとこれはニュースのネタになるでしょう。ではスーパーの帰りに荷物を持って二人通れるかどうかという幅の小道を歩いていて、品のいいおばあさんが、私が通るまでずっと笑顔で待っていてくれました。こういった出来事に関しては、どうでしょうか。

またネガティビティ・バイアスは、効果的な学習法を図る実験結果でもみられました。

さて、質問です。答えを間違えるたびにおはじきでいっぱいの瓶から1個ずつおはじきを没収されるか、正解を出すたびに空っぽの瓶におはじきを1個ずつ入れてもらえるかではどちらのほうが、子どもが早く学習すると思いますか? ここまでお読みいただいたら答えは、おわかりですね。そう、没収方式のほうが、生徒たちが早く学んだという結果でした。悲しいかな、恐怖政治には一定の効力があるのですね……。

これらは『悪いことが持つ力:私たちを操る「ネガティブ効果」の仕組みとその取扱説明書 (未邦訳/ The Power of Bad: How the Negativity Effect Rules Us and How We Rule It)』を共著出版した社会心理学者のロイ・ボイメイスター博士とニューヨーク・タイムズのライター、ジョン・ティエーニーさんが語るところです(2)。

陽気な修道女は後ろ向きな修道女より10年も長生き。

ところで心理学が解き明かした事実とは、私たちがどう物事を見て、どう反応するかで、実際に体験する現実が変わるということ。全米の修道女の人生を60年間、彼女たちの日記から分析し、陽気で明るい修道女は暗い修道女よりも平均で10年間も長生きしたという研究結果もあります(3)。ではどのようにしてこの後ろ向き脳と付き合えば、よりハッピーで健康的にいられるのでしょう。

まず、「脳は後ろ向きだ」と自覚しよう。

それは簡単です。私たちにはネガティビティ・バイアスがかかっているとまず自覚することです。えっ、それだけ? はい、無理して前向きな別人格になろうとしてうまく行かずに嫌な気分になるよりも、これがとても大きな一歩になります。「そもそも、後ろ向きにできているんだな」と。で、コントロール通りにいかない事態に耐える、負の力を養う。

というのも私たちの脳には1千億を超えるニューロン(神経細胞)があります。このニューロン同士が会話をすることで情報が伝達・処理されて、私たちが物事を認識して反応できるようになります。ニューロンが同じ相手同士で何度も同じ会話を繰り返すと、そのパイプが強くなってしっかりした回路ができるようになります。長年連れ添った夫婦が「あ・うん」で会話するようなものです。

ところが「これってネガティビティ・バイアスのせいか」「ま、後ろ向きでも前向きでもどっちでもいいか」と一呼吸入ることで、今までニューロン同士が会話を始めるために速攻で入っていた電極スイッチにわずかな変化が起きます。何の疑問もなく後ろ向き脳に即レスしていたパターンが揺らぐのです。「ま、いっか」と答えを宙ぶらりんにすることは、ニュートラルですから。この新しいパターンは脳のネットワーク全体の反応に、そして結果的には人格に影響が及ぶ可能性だってあります。

最近、夕焼けを見ましたか?

anan編集部に居たころ、常にトップを走る大人気の俳優さんに取材させていただいたことがあります。地位も名誉もお金も私生活の幸せも全て手に入れた彼に「幸せってなんでしょうか」と尋ねました。その答えは、「夕焼けを見て、それをキレイだなと思えること」でした。

サバンナで獲物を追いながら、少しでも油断をしたらライオンに食べられたり、毒性の強い植物に触れて高熱を出すような生活をしていたあの頃なら、このネガティビティ・バイアスのスイッチは常にオンしておく必要があるでしょう。脳はその名残りで私たちを守ろうとしてくれていますが、今はそうではありませんよね。この後ろ向き脳は、助けにならないことも多いのです。そこで、少し視点を変えてみませんか。「どうにも変えられない、とりつく島もないことがあってもいい」と肩の力を抜く。するとしかめっ面で足早に闊歩する通りすがりの人の頭上には、美しい夕焼けが広がっているかもしれませんよ。

参考
(1)Keltner, D. Oatley, K. & Jenkins, J.M(2014). Understanding Emotions. Danvers, MA: John Wiley & Sons, Inc.
(2)https://greatergood.berkeley.edu/article/item/how_to_overcome_your_brains_fixation_on_bad_things
(3)エレーヌ・フォックス著(2014).脳科学は人格を変えられるか?森内薫訳:文藝春秋