ダメ元でもまずは挑戦してみる、が始まった#6

TOEFL Fighter

アメリカで学んだ作法のひとつに、“とりあえずダメ元で、言ってみろ”というものがあります。

 

強盗に遭ったときにポリスレポートを取るために警察で並んでいても、「それはダメだ」と突き返されたら「そうですか」と素直に受け入れるのが和と秩序と謙虚さを重んじる、我らがジャパン魂。しかし目の前の白人のご婦人は、ありとあらゆる表情筋を駆使しながら警察の窓口担当者に自己主張をまくし立て、「もっと上の上司を出してこーいッ」と声を上げたのちに、ムムム、見るからに立派な制服を着た上官警察官がエレベーターから颯爽と登場し、勝ち誇ったような笑みを浮かべた彼女とともに白馬に乗って二階へと去っていきました。「えー、そんなんアリなーーーん???」と仰天しますが、そういうところもどこかあるんです。

 

またお願いが通らなくても、彼らはそこまで傷つかないというか、引きずらないところもあります。「ま、言ってみたんだけどね」みたいな感じでライトなんです。恥の概念がある日本人としては、やはり馴染めませんが。

 

逆に何も言わないと、「この人には意見が無い」とされて、完全に存在が消滅します。私は聞き取りができず、会話についていけず、なんとなく理解できても頭の中で意見を翻訳しているうちに会話のトピックが変わり、またわかんなくなって。その結果黙り込み、人の表情を見ながらヘラヘラ合わせて笑ったりするも、急にみんながシリアスな顔つきになって焦る…というミクロな苦労を重ねながらグッタリとして背景と化し、トホホなゴースト状態になったものでした。

 

私の場合、37歳になってからのアメリカですから、完全にアイデンティティががっつり固まった状態で向こうにいきました。ネイティブ同士がまくし立てる英語もTOEFLの音声会話(それですら、わからないのに)とは全然スピードも発音も違って何を言っているのか途中でわからなくなり、特にお互いが言い分をしっかりと交わすディスカッションの場などに遭遇すると、最初は「マークはクロエに喧嘩を売っているのか?」と思ってハラハラして教室を出たら、二人がジョークを飛ばし合っていたりして大混乱することもしばしば。

 

まぁそんなわけなので、多少は郷に入れば郷に従えということで。提出要件のTOEFLのスコアと提出期限についてバークレー大に出向いて担当教官に直接交渉しようと思ったのです。そもそもTOEFLなんて受けたことも無いし、その存在を知ったのだってつい2か月前。過去問題を勉強しだしたのも約1か月前と、まだ付き合いが浅いんです私たち。そんなTOEFLと私との間柄で、9日後の期限までにスコア90点は提出できるわけがない。

とはいえ、これは一種の賭けです。会うこととは一種の面接のようなもの。英語が出来ないことと、アホがばれて、提出したアプリケーションフォームの右上にF(落)をつけられるかもしれない。ということで、こちらからの言葉は出来るだけコンパクトにして、相手にしゃべるだけしゃべらせて(アメリカ人は話すのが好きな人が多い)、本題は最後にサラッと出そうという作戦にしました。Googleで完璧な会話文を調べて、それをノートに書いてなんども読んでリハーサルした後、プログラムの担当教官だったジー博士に電話しました。

「このプログラムに興味を持ってアプライを検討している日本から来たジャーナリストなんですが、具体的にどういう内容なのか知りたいので、お話を伺いにいってもいいですか?」

 

ジャーナリストって主な寄稿先は日記帳(ジャーナル)もしくは古巣のウェブマガジン、書いていることは泥臭いアメリカ奮闘記ですが、まぁ海の向こうの島国ジャパン事情などわからんだろう…(苦笑)。すると翌日の1時〜2時がちょうどオフィスアワーだから、調整がつくなら訪ねておいでと言われました。ヨシッ! 早速持っている少ない洋服の中で一番真面目そうでこざっぱりとしたものを選び、翌日にサンフランシスコからBARTという電車に乗ってバークレー大へと向かいました。




当時バークレー大の心理学部大学院が入っていたのは、トールマン・ホールという陰気な建物でした。これはバークレーで長く教鞭を執った心理学者のエドワード・トールマンから由来するのですが、特に教授や講師や大学院生のオフィスはこの建物の端にぐるりと巡っているので、それは迷路のようで。部屋を探していると、なるほどまるで彼の心理実験の迷路箱に入れられたネズミになったような気分になります。ちなみにトールマン・ホールは老朽化が進んで危険だと、2018年の末あたりから取り壊されたので、今は見ることは出来ません。

 

トールマン・ホールのジー博士のオフィスを緊張しながらノックして「Come in!」と言われて入室。とにかく本題に入る前に、気持ち良く話してもらったほうがいいだろう。いろいろ話すと英語が出来無いのも、心理学の知識がゼロに等しいこともバレ、ボロも出るしと、あらかじめ頭に叩き込んで暗記しておいた質問をします。

 

「どんなプログラムなのか(答え:ホームページに載っているレベルの情報)」

「卒業後はどういう進路を踏むことになるのか(答え:大学院を受験する人もいるし、この知識を活かして就職する人もいる。学位は取れないので、あくまでも大学院に向かうためのプログラム。ただしまだ始まったばかりで卒業生がいないので具体例は無い)」

「希望した研究室に入れるのか(答え:努力するが、人気の研究室は大学院生が優先されるし、研究室自体が募集していない可能性もあるので、希望通りにいかない可能性もある)」

「1年目には何人が受かり、どういうバックグラウンドの人が来ているのか(答え:3人、ハーバード大ロースクール卒のサンフランシスコで働く弁護士男性、韓国で英文学を学んだ後、フロリダでマネージメントをしていた女性、LAで報道記者をしていた女性)

 

早口でよく話す博士でした。ひととおり答えを聞いたあとに、本題(TOEFLのスコアを勘弁してもらえないか)を持ち出したら、一気に流れがグレードダウンしそうでひるみましたが。なけなしの交通費1000円使ってやってきたわけだし、えーいドーンです!

 

「で、TOEFLのスコアって必須なんですか?」とあくまでもサラッとを装って内心ドキドキしながら聞いたら、
「これは大学院のプログラムなんだよ。NO EXCEPTION!(例外なし!)」とキッパリ。

 

 若くてイケメンだけど厳しいのね…(って関係無い)。

 

「アプライしたいんですけど、今までTOEFLを受けたことがないので、スコアが無いんです。でも他の推薦文2通と志望動機のエッセイは確実に準備出来ます(って実はまだ一文字も書いてないし、お願いすらしていないけどね…)」。

 

すると博士がインターネットでTOEFLのサイトを開き、「一番直近で今から申し込めるTOEFLのテストは5週間後だね。これを必ず受けてスコアを提出するように。これから遅れたらもうダメだよ。ただし推薦文と志望動機のエッセイは期日までに提出してください」。

 

よし、5週間ほど猶予が出来たぞ!

 

バークレー大を出てその足でwifiが通じるコーヒーショップに直行し、推薦文のお願いをします。それはバークレー大心理学部で学ぶという目標のきっかけを作ってくれた二人。一人はバークレー大心理学部ケトナー博士のScience of Happinessについて教えてくれた映画『happy -しあわせを探すあなたへ』のプロデューサー、清水ハン栄治さん。もう一人は、anan編集部で初めての瞑想の特集をモノクロページでやらせてくれたり、映画『happy』から幸福心理学について初めて紹介させてくれた元編集長です。二人が快諾してくれたので、ホッ。もう、みんないい人!!

気分はハッピー!

しかし胸をなでおろした矢先に思い出すのです。
「そうだ、私…。さ来週から10日間のギフト・エコロジーツアーに行くんだった…」。

つまりTOEFLの勉強ができるのは、あと25日。そして1週間後が締め切りの志望動機のエッセイも推薦文も、英語で書かないといけないのだということを。

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ー#7に、続く。