父の再発。

recurrence

8月に診断を受けて半年間の抗がん剤治療を行って、ほっと一息ついて2か月。父のがんが再発しました。命というのはいつも、今なにをするか、なにをしたいのかを教えてくれるように思います。

ときには残酷なかたちで。

思い返せば、私が大学生のときに出版社のマガジンハウスを志望したのも、その年のバレンタイン前日に祖母を亡くしたからでした。

この肉体での一度かぎりの人生なら、後悔なくやってみたいと祖母の死が教えてくれたのだと思います。

今日は東日本大震災発生から11年。その後しばらくして、退職し渡米しましたが、人生について考え直すことになったのも、命の大切さとはかなさを深く思ったからです。

参考:ありのままの自分で本当に幸せになれるの? マガジンハウスからホームレス編集者へ。アメリカ先住民ナバホ族の集落で死にかけて学べた私の幸福学。

その年に離婚したパートナーは、私がアメリカのタサハラ禅センターで暮らしていたとき、突然亡くなりました。山を降りて電波がつながるようになったころ、人づてに聞きました。その夏には、大切な方と一緒になる予定だったそうです。

誰かを失うとき、自分の一部が亡くなるように感じます。その人と過ごした時間や語らい、その人にしか(そして自分ですら)わからなかったり見えていなかったであろう自分の一面が消えてしまうように感じるからです。あのときの自分の奮闘や、わがままや、無知さや傲慢さ、若さなどが。

それは死別だけではないどんな別れも同じ。

でも、死別は離別よりも決定的に消えてなくなってしまうように感じられます。数か月経って、ある日突然LINEアカウントが消えて、トーク履歴もすべて失われてしまうように。

けれども、実際はそうではありません。

出会った人たちはどんな人でも、関わった時間がどんなに短くても、与えた影響がどんなに少なくみえたとしても、泣いたり笑ったり怒ったりして変化した自分として生き続けるのだと思います。

ふとしたときの自分が、その人が言っていたことをやっていたり、考えていたりするから。

だから、どんなことでも、良いことも悪いこともすべて、自分も誰かの命になにかを刻めているのかなと思ったりします。

THIS IS USというドラマを観ていると、人生はすぐに答えが出ないドラマなんだなと感じます。

私たちはその答えが出ないドラマのなかで悲しんだり、喜んだり、怒ったりしますが、どんな体験もすべて物語に深みや味わいを加えるもの。

そして、生きているうちには答えが出ない(謎のまま生を終える)ことも含めて
物語の全体性を形づくっているのだと思います。

今日のお手紙は、普段のこのサイトの趣旨と違って、知ったり学んだりしたことのシェアではないですね。

でも生きているということは、つらいことや悲しいこともありますが、本当にかけがえのないと深く感じいったので、大切なみなさんにそうお便りしたくなりました。

おいしいものを食べて温かくして、春の訪れを楽しみましょう。

今日は「桃始めて笑う」という、桃のつぼみがほころび、花が咲き始めるころ。花が咲くことを、昔、笑うといっていたそうです。

私も今年はお弁当をつくって、父と母とお花見をしたいと思います。