home 会社を辞めて、こうなった。 サンフランシスコ語学学校、ホームステイでドル高に泣く#2

サンフランシスコ語学学校、ホームステイでドル高に泣く#2

さぁドキドキとワクワクを胸に秘めて、スーツケース2個とサンフランシスコ国際空港に降り立ちました。人生初の海外生活。旅行とは違って、日本語じゃない言葉で暮らすのも初めてです。いよいよ、ここから英語の世界です!

英語の世界、それは推測がメイン。

ところが目的地の場所を聞いても、相手の答えを完全にヒアリング出来ない。推測7対情報3の比率で正解を類推しつつ、10人ぐらい人を捕まえては聞きながらなんとか乗り合いシャトルバスSuperShuttleの乗り場を見つけました。

ちなみに推測と情報を足し合わせるというこのサバイバル術は、私のアメリカ生活のデフォルトになります。この比率は相手のコミュニケーション力や自分の英語の理解力で変動しますが、ストレートにいかないのが大前提。日本で編集者だったことも、到着して1週間もしたら忘却の彼方。前世の話、夜空の星のように、遥か遠くです。役所に行っても、シテイカレッジで無料の英語講座を取るための試験を受けようとしても、1時間待ったり、2時間並んだ後で、場所が違う、キャンセルになった、と追い返されるなんてことの繰り返しでした。「なぜ?」と聞いても「私の担当じゃないから知らない」「わからない」の一点張り。ただでさえ霧の街サンフランシスコが、さらにグレーに。

さてSuperShuttleは相乗りなので余分に時間がかかりましたが、空港からサンフランシスコ市内の目的地までチップを含めて20ドルで行けるのはありがたかったです。日本にもこういうサービスがあればいいのにな。  

最初に言われた英語は「お前は嘘つき」!

Shuttleバスの運転手さんは、30代後半ぐらいの東洋系の男性でした。

「なんでアメリカに来たんだ?」と尋ねられて、「アメリカの良いところを日本の人たちに伝えたいからです」と答えました。すると「良いところだけ伝えるなんて、お前は嘘つきだな。ものごとには光と影の両方がある。アメリカには悪いところだってたくさんあるんだぞ」と言われて「あはは…」と日本人特有の愛想笑いを浮かべて事なきに収めようと、後はだまって車窓を見ていました。

あのときは「この人、なんでアメリカに来たばかりの人にこんなこと言うの? 感じわる!」と心の中でムカッとしていました。でも、その後に起こった一連の出来事から自分の世間知らずさを思い知り、曖昧さを心地よしとはせず、メリットとデメリットをハッキリ見極めるアメリカ人の判断基準にも触れて、彼の言うことには一理あったなと今は思います。

そして、円安に泣く。

さて私がアメリカに向かったのは、2014年の12月半ば。一気に円安が加速したタイミングでした。2月ぐらいまでは101円台と円高だったのに、私がドルに変えたレートは手数料などを含めて126円ぐらい。

語学学校は高いとは聞いていたけど、そもそもにおいて英語がわからないので通うことにしました。当時は知り合いが誰もいなかったので、語学学校が提携する業社にお願いして、まずホームステイすることにしました。

安すぎても危ない、それが語学学校選び。

語学学校は「サンフランシスコ 語学学校 オススメ」「サンフランシスコ 語学学校 安い」とか、元編集者とは思えないほど古典的な検索ワードで調べました。選択の条件は以下の3つに絞りました。
(1)サンフランシスコの中心にあること
(2)少人数制であること
(3)月に1200ドル以内であること

日本人比率とか先生の質とかは、そのときどきで変わりますし、英語力でクラスが変われば先生も違ってきます。つまり通ってみないことにはわからないというのが正直なところ。そこでメールでやりとりしたときの感じの良さ(すぐに見積もりを出してこない。レスポンが早くて、一定)で決めました。12週間から長期割引があったので、とりあえず12週間お世話になることにしました。

今はもうこの学校は東海岸に移ってサンフランシスコには無くなりましたが、PowellというアップルやH&Mなどがある駅のど真ん中のビルの2Fにありました。学長は微妙にドイツ語なまりの赤毛のゲイの男性で細かなケアも行き届いたお母さん的な包容力がある人でした。パートナーの男性と共同経営していましたが、彼はどちらかというと真面目に働くというよりも愛犬と戯れながら好き勝手しているような感じ。彼から唯一得た有益な情報とは、MetroPCSという携帯会社が安いということ。その後5年弱、ここの携帯会社のプリペイドを利用することになります。

学費は当時14万円ぐらいが相場。

さて学費は月曜から金曜まで午前9時から午後13時まで、週に20時間の授業で289ドル。つまり月に14万円程度でした。高いですよね? でもこれでもサンフランシスコの語学学校の中では相場かリーズナブルなほうでした。月に4、5万円程度のところも下見してみましたが、受付の女性はギャングの彼女みたい。インテリアもヒッピーの溜まり場のようで、日中なのに生徒たちも先生もなんだか人がまばらです。のちに聞くところによれば、こういった安価な語学学校は、学費を払って学生ビザを発行してアンダー・ザ・テーブル(不法就労)でサンフランシスコに暮らす人たちが利用しているのだとか。だからあまり安すぎるところもオススメしません。

生活費は?

朝食と夕食つきのホームステイ(個室で、お風呂とトイレは共同)で登録費が150ドル、1週間のホームステイ代が342ドル。また地下鉄とバスの公共交通機関の1か月定期が当時月に68ドル。そして毎日のランチ代と学費を加えると、最低でも月に35万円もかかりました。さらに週末に生徒のみんなと旅行に行く、などのプランを組むと(語学学校だとこういうヨセミテツアーとかいろいろあります)その予算もプラス。円安に泣きましたね。

サンフランシスコのホームステイは商売でした。

私の中でホームステイといえば、海外から来た人と交遊したいとか、右も左もわからない人をサポートしたいといったような思いやりベースなものと思い込んでいました。だからホストファミリーとの温かなやりとりも期待して、ちょっと高めだったけどホームステイにしたというところもあります。ところが大都会サンフランシスコはIT業界の人たちがグンと地価をあげたことで物価も急騰し、人々は生きるのに必死。ホームステイも慈善事業というよりも、商売でした。

ホームステイ先は白人の母子家庭でした。娘は40歳、母親は60代前半という親娘。娘さんは自閉症で、ROCKSTERエナジードリンクを毎日必ず飲み、キッチンでどの部屋にも鳴り響くぐらいの大音量でテレビをずっと観ています。ときおり彼女が母親に悪態をついているようで(当時リスニング力が無かったため、よく聞き取れませんでしたが、母とそのパートナーの話のよう)そのせいか母親は浮き沈みがとても強い。話をしていても、キッチンの全身鏡の自分を微笑みながら見つめ続けていて、こちらに目線はありません。心理学を学んだ後で振り返れば、おそらく彼女は躁鬱の傾向もある、自己愛性人格障害だったのだと思います。

クリスマスに彩調べという私の名前が入った和菓子を買ってくれるなどとんでもなく優しくなったり、かと思ったら突然ブチ切れたりと予測不能なホストマザーでした。いつのまにか私も彼女の顔色を伺うようになりました。例えば「洗濯がしたい」と言ったら「水曜日しかダメなの」というので10日間待って「今日は水曜日だからいいですよね?」というと、決まった洗剤じゃないとダメと言われる。洗剤をようやく見つけて一週間後に頼むと「金曜日しかダメなの」と言われて「え、水曜日ですよね?」というと、「洗濯、洗濯って、本当にうるさいわね!あんたのクレイジースタッフをぶちこみなさいよ。もっと洋服を買ったらいいでしょ!」となぜかブチ切れられるという有様。37歳にして理不尽さとそれを英語で満足にやりとり出来ない自分の不甲斐なさに大泣きしました。

のちにこの家を出た後(正確に言うと「出たい」と語学学校を通じてホームステイ業社に言ったところ、向こうから追い出された)、寮で出会った日本人の人に「その人は働かずにホームステイの収益で暮らしているから、私にも何度も営業に来たわよ」と言われて、なるほどーと思いました。なるべくコストを抑えたかったんですね。語学学校の学長にはホームステイのトラブルで大変お世話になりました。シャトルバスの運転手さんの言葉がリフレインします。ものごとには光と影の両方がある。今の私だったら、誰も知り合いがいないなら、まずはAirBnBで1か月暮らすほうがコストも変わらないし、普通に快適だったかもなと思います。

ー#3に、つづく