実家です。父がリサ・ランドールが書いた『異次元は存在する』を貸してくれました。

5次元の世界。

父が「可愛い」とはしゃぐリサさんによれば、このブログ画面という平面の世界が2次元、画面が映るパソコン本体やキーボードを叩く手などの奥行きがある立体世界は3次元、3次元のタテヨコ高さに時間が合わさって表されたのが4次元の世界。そこに次元方向への距離を加えると5次元になるのだそうです。

カート・ヴォネガット・ジュニアの『スローター・ハウス5』を読んだことがありますか? わたしは学生時代にアメリカ文学のサイバーパンクというジャンル(いわゆる近未来SF)にハマったことがあって、フィリップ・K・ディックやウィリアム・ギブソンの後に彼の本に出会いました。読んだ当時はわずか20年ほど前のことだけど、あそこに描かれている世界は、スマホ片手に買い物したり、仮想現実の世界でアイデンティティを持ったりという現在、かなり現実になっているんじゃないかなと思えばホント驚き。

ヴォネガットの世界はいわゆるSFとは一線を画し、『スローター・ハウス5』ではひどい地獄絵図や人権が完全無視されたモルモット生活などが淡々と、ときにユーモラスに描かれています。独特の突き放したようなデタッチメント感があって、村上春樹さんが彼の影響を受けたと言われるのもうなずけます。

主人公は、第二次世界大戦のドレスデン襲撃による捕虜時代、戦後アメリカで歯医者に通う結婚生活、その後宇宙人に誘拐されて透明な檻に入れられて観察飼育されるという日々をいったりきたりします。村上春樹さんで言うところの、『IQ84』の青豆さんが高速道路の真っ只中にあったハシゴを降りたところからその世界に足を踏み入れてしまったパラレル・ワールド。そんな時空を超えて並行世界を行き来するという超次元の話は、現実とは違うSFや物語のなかに限ったものだと思っていました。

この薪割り生活をする、東京のヨーコちゃんの家で暮らすまでは。

タイムマシーン的な磁場が存在するヨーコちゃんの家。

この家は本当に不思議です。まず東京23区にあるのに、お寺のように深い木々に囲まれています。このあいだも大東建託の営業さんがたまたま見つけ出したようで「この先にまさか家があると思いませんでしたがたまたま入っていったら、ここはなんですか?!ジブリみたいな森の中の家じゃないですか!」と興奮しながら話しかけてきました。ちょうど私は髪にいっぱい木屑をつけながら夢中で薪を切っていたところだったので、それも彼にとって衝撃だったようです。

そしてこの家に出入りする、家主のヨーコちゃんも彼女が尊敬する先生も山伏です。山と祈祷という超自然を生きる人々です。彼らと過ごすうちに、わたしも当たり前のように一人で毎日祈りを捧げるようになりました。

わたしたちがアクセスするかしないかに関わらず、いろんな世界が同時進行で存在するのかなと思います。5歳のわたし、中学生のわたし、60代のわたし。時間の流れも過去現在未来と一定方向ではなく、さまざまな波動域が同時存在するのではと感じます。

どこにアクセスするのかはそのときどきで傾向があって、今私がつながりやすくなっているのは5歳から小学生ぐらいの感覚。ここ2週間ぐらい特にそれが強いです。それに合わせて物理的に会える人と会えない人がはっきりしてきました。でもきっとそれも行ったり来たりと永遠では無く、変わっていくものなのでしょう。

また、あの中学に通わなかったわたし、そのバスに乗った後のわたし、あの人とずっと付き合い続けた場合のわたし。選択した後の世界もしなかった世界も並行して存在しているんじゃないかなと。そんなふうにも思います。わたしは離婚をして子どももいません。元夫も昨年突然亡くなりました。だから、本当にひとりです。

1年ほど前まで、いや半年といってもいいかな、それを焦ったり、自己憐憫したりしていました。でも今は当然寂しいと思うことがゼロではありませんが、なんとなく感覚が変わりました。

いろんなわたしも同時に存在する。

きっといろんなわたしが同時に存在しているんだろうな。わたしは奥深い部分でこのわたしが今体験したいのだから、こういう現実になっているんだろうな。そんなふうに思うんです。

そして亡くなった人も今生きている人もどこかのポイントでつながることだって、ある。わたしはまだ目に見えたりはしないけど、ヨーコちゃんのご先祖さんのメッセージは受け取れるようになりました。頭がおかしく感じますか? 確かにわたし、いよいよおかしくなったのかもね。

例えばものすごく仕事関係で落ち込んでいた時にいつものようにお仏壇でお経をよんでいたら、ふとヨーコちゃんの叔母さんの遺影が入った写真立ての汚れが気になりました。フレームを一心で磨いていたら掃除熱が高まってきて、他の部屋も整理しようと思い立ちました。すると掃除中に、一冊の小さなノートが出てきたんです。

叔母さんの「感謝ノート」。

開くとそれはヨーコちゃんの叔母さんが闘病時に書いていた「感謝ノート」でした。「この病院に入院できて、ありがとう」「今日は腹水が無くて、ありがとう」「食事が美味しく感じられて、ありがとう」。そんなことが少し弱々しい字で一生懸命綴られていて、気づけば読みながら泣いていました。

わたしは元気だし、ご飯も美味しく食べられるし、大切なひとたちもいるし、うまくいかないことがあっても、すごく幸せだな、と。ヨーコちゃんの叔母さんに教えられました。ありがとうございます。

このほとんど誰にも読まれないだろうブログを始めたのは、最近京都のおばあちゃんやおじいちゃんのことをよく思い出すから。特におばあちゃんは、わたしが「書く」仕事を選ぶきっかけになった人です。絵が描けるようになってから彼女が亡くなるまでずっと手紙を書いていました。彼女に毎日を綴るということは、何をやっても飽きっぽくて途中で止めてしまうわたしが唯一続いたことでした。

おばあちゃんはとても良いオーディエンスでした。「あれが面白かった」「これはすごい」と熱のある感想をいつも返信してくれました。いつでも何を書いても、わたしの大ファンであり続けてくれました。おばあちゃんからの感想は達筆すぎて、お母さんに読んでもらわないと解読できないのが玉にキズではありましたが。

ちょうど就職活動前のバレンタインの前日に彼女が亡くなり最初に抱いたのは、手紙を書く相手が居なくなったという言いようもない喪失感と悲しみでした。だから記事という手紙を書く仕事を目指すことにしたんです。

みんなが読んで、ちょっと幸せになるようなことを届けたいなと。それでご飯が食べられたら、わたしにとってこれ以上ない幸せはないよなという当たり前すぎて気づきもしなかった願いを。

就職活動ギリギリでおばあちゃんが教えてくれたと思っています。もうちょっと早く教えてくれたらよかったんだけど、だからマスコミセミナーとか全く行ってなくて。第一志望の出版社に採用されたのはほぼ奇跡か、これもまた目に見えない存在が助けてくれたんだろうなと今はわかります。

ときどきくじけそうになってそんな気持ちを忘れそうになるけど、この家にいると目に見えないいろんな存在と、ただただ「面白いことを伝えたい!」という一心で書いていた5歳のわたしが守ってくれるような気がします。

異次元は存在します。それにアクセスする心さえあれば誰にでも。