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[37] 考えるように感じ、感じるように考える

大阪 中崎町の古民家で「Salon de AManTo天人」というコミュニティカフェを営む、俳優で歌舞伎舞の創設者であり踊り手のJunさん。今週のヨーコちゃんの授業、環境経営論に登壇されました。

 

「考えるように感じ、感じるように考えるとうまくいく」

そこでJunさんが、就職活動を控えた大学三年生の学生さんたちに贈ったアドバイスです。

 

動物は尿や便をクンクンと嗅いで、それを距離や方角を把握するための情報として利用する。人間には“嫌な”臭いと、不快な感情を持たないようにと避ける体験でも、動物はそれをサバイブするための道具に利用している。

 

といって別にこれは、今日から便の臭いを嗅ぎなさいという話ではなくて、Junさんが伝えてくださったのは、喜怒哀楽という感情を選り好みせず、「怒」や「哀」というネガティブな気持ちも自分に必要な情報として使う生存能力。前向きだけが良いとポジティブシンキングを貫く動物がいたとしたら、あっという間に食べられてしまいます。つまり私たちに必要なのは、嫌な感情を受け止め、客体視しながら使えるタフさだというのです。

 

私がバークレー大学の心理学部で学んだとき(学位なし)、研究室の担当教授であったケトナー博士は、ピクサーアニメーション映画の『インサイド・ヘッド(原題Inside Out)』を監修していました。ヒーローが悪を倒したり、プリンセスが幸せを手にしたりといったディズニーらしい一律的な内容ではなかったものの、この映画は高い興行成績を残し、2016年のアカデミー賞では長編アニメ映画賞を受賞しました。

 

その主題では、私たちが嫌って体験を避け封じ込める、“悲しみ”というネガティブな感情が鍵を握ります。博士とピート監督がこの映画に込めたメッセージとは、”悲しみ”とは、あるがままの自分を生き、愛し、周りの人と喜びや幸せを交流するキーファクターだということ。Junさんの先の言葉と重なります。

 

私はケトナー博士の研究室で2年間学ぶという、分不相応な機会に恵まれたわけですが、結局その先大学院に歩む道は断念しました。当然米名門大学の心理学部の議論でやりあえるほどの頭脳が不足していたことや、金銭的な問題があったわけですが、それ以上に心がそこに十分向かえなかったというのがあります。

 

その象徴的なエピソードは第一学期の研究室ミーティングで起こりました。

そこで一人の研究生が畏怖の念と親切な行いについて研究を組み立てていました。彼女は畏怖の念を抱くと、人は自分のことを小さく感じるので、謙虚になって親切になるという仮説を持っていました。こういったものは、Prosocial Behavior(良い行動、利他行動)研究でわりとある内容のものです。

 

畏怖の念は英語でawe(オウ)と言います。まさに「オウ!!!」と思う体験から抱く感情のことです。

壮大な大自然を前にしたり、凛と厳かな空気が漂う神社仏閣を参詣したり、私利私欲を超えて生きる偉大な人に出会ったときに、私たちは恐れを感じながらも同時に気分が高揚します。それが畏怖の念。自分よりも圧倒的にエネルギーが強くて高いものに対して畏れかしこまり、同時にハートが拡大して湧き上がっていくような感覚です。

 

研究生は、畏怖の念と自分が小ささの感覚(Small self)の関係を測るスケールを作っていました。

 

その項目の

1項目(大いなるものを目にすると、自分は大いなるものの一部だと思う)

2項目(大いなるものを目にすると、自分は取るにたらないものだと思う)

が矛盾するように感じて、勇気を奮ってたどたどしい英語でそれを伝えました。

 

「自分が大いなるものの一部だと思うなら、取るにたらないとは思わないのでは?

 この二つは矛盾しているのでは?」と。

 

自分が自我意識を超えた大いなる源の一部として、その命を担っていると自覚したなら、「取るにたらない」と分離された感覚にならず、むしろ自己が拡大されるように感じるのではと思ったからです。

 

これは”畏怖”を、西洋のキリスト教的二元的な視点(救い主と原罪を持つ人間、心と体は別物etc…)で捉えるか、禅をはじめとする私たちの東洋の二元論を超える視点(神は私たちに内在する、心と体は相互依存的etc…)で捉えるかという違いだと思うのです。

 

「彼女は畏怖の念を感じた(感じるのを許した)ことが、あったのだろうか?」と思って、サンフランシスコで50年以上食べ物を無料で配り続けているツリーさんの話をし、「ツリーさんはその大いなるつながりに生きています。私は彼の有りように畏怖を抱きました。感情は頭で考えることではなく、感じることですから、ひとまず彼に会ってみたらどうでしょう? 必要ならいつでもおつなぎします」と言ったところ、博士たちに一笑されてしまい、「エビデンスも何もないバカな話をしてしまった」と、とても恥ずかしい気持ちになりました。

 

そんなとき偶然にも並行して、渡米中の拙筆ブログがありがたいことにたくさんの方に読まれるようになったのですが、ネットニュースの書き込みには「ひょっとして、自分のこと、かっこいいとか思ってるんですか」とコメントされたり、かと思えば「なんでアナタ、そんなに自信がないんですか」(と『35歳からの幸せな結婚』といった内容の本のURLがFaceBookメッセンジャーに送られてきたり)とか「終わってる、この人」というコメントや、知らない人から「カレシいないなら遊んでやってもいいよ」と蔑むようなメッセージが入っていたりと想定外の事態に、ありのままを書くことが怖くなってしまいました。

 

研究室で発言するのも控え、ブログの更新は不定期になり、授業でAを取ることだけに集中するようになりました。吸収はするけど、発信はしない。

 

2年のプログラムを終えた後は、1年間校外の研究室でボランティアし、渡米理由だった研究機関でインターンする機会にも恵まれました。ところがそこで慈悲の心について研究する人気研究員が、一念発起してインターン志望で訪ねてきた学生に対して、陰で舌打ちする姿を目にして、「アレ?素晴らしい研究をする人が人間的にできているわけではない?じゃあこの論文って?」と疑問を感じるように。

 

別の研究機関では集めたデータをいよいよ分析するときになって「この後は京都大学の博士課程に通う台湾人のバイリンガル学生にしてもらう」と言われて、「それは話が違うじゃないですか」と食い下がることもなく「やっぱり私には実力もないし、この道は向いていないのかもな」と、お礼を伝えて去りました。そうして行き詰まった私は、初心に戻ろうと、人生を大方向展開するきっかけになったティクナットハン師のフランスPlum Village(プラムヴィレッジ)を訪ねて、お坊さんたちに「どうやっても自分のコンプレックスや”こうじゃないとダメ”という強迫観念と向き合えない」と助言を仰ぎました。これはPlum Villageが記録した当時のビデオです。

ここでも「感じることを許しなさい」と言われています。

 

その後は、どうしても腑に落としたいと大学や研究所の研究員や大学院生の研究対象だったり、その内容を生きる指導者や施設の暮らしを体験したいと禅センターやスピリチュアルセンターで生活しながら修行しました。

 

会社を辞めたとき、後輩に「土居さんって、本当に不器用ですよね」と言われたことがあります。そのときは、「そうかなぁ」と思っていたけど、今帰国して本当にそのとおりだなぁと思います。

 

一連の流れを振り返ってみれば、私は嫌な気分になることを避けすぎていました。それが不器用さ、スクエアさたるゆえんでしょう。叩かれたり、笑われたりするのが怖くて、怒りや悔しさや恥ずかしさのイメージがわいたら、感じる前にそれを抑えていたのです。ネガティブな気持ちを情報として利用するほどの客観性と器用さがなかった。5歳の私が癒されないままに、ブルブルと震えていたのです。

 

バカにされても自分の考えを言いつづけてもよかった。意見と事実は違いますから。

舌打ちした研究員に対して、怒りを感じる自分を許してもよかった。

”チッ”と聞こえたあとに、「へ?なんです?」と、とぼけて突っ込んでみてもよかった。

「大学院生じゃないと協働できないんですか。だったら彼女が受ける分析のレクチャーだけ一緒に受けてもいいですか?」とか粘って、機会を利用する賢さがあってもよかった。

とことんカッコ悪さを追求してもよかった。もっともっと出し切ってもよかった。

別にそれで人生取り返しのつかないことになるわけでもないし、

実際問題どちらにしても今そこにいないわけだし。

 

なんで、それができなかったんだろう?

傷つくのが怖かったからです。

考えがおかしい、資格がない、英語ができない、バカだ、と否定されるのが恐ろしかったからです。

 

なんで、今までそれに気づかなかったんだろう?

断られるのが怖いという自分の弱さを隠したかったからです。

人がどう思うかが気になって、

悲しい、悔しい、恥ずかしいという気持ちを感じるのが心底怖かったからです。

怒っている自分というのもいけないとその体験丸ごと封じ込めていました。

 

過去は変えられないけど、今から変化することはできる。

 

「考えるように感じ、感じるように考える」。

 

ずっと更新できなかった記事を書いてみます。

 

これがまずは今取り組むことができる課題だから。

 

うまくいくかどうかはわからないけど

人が読みたいもの、役立つものと、自分が届けたいものが交差する場所を愚直に探し続けたいと思います。