home 魂ナビ 地位も名誉もお金もある彼が心から求め、私たち全員が今ここから得られるもの

地位も名誉もお金もある彼が心から求め、私たち全員が今ここから得られるもの

地位も名誉もお金も手にした俳優のビル・マーレイ。「あなたが持っていなくて欲しいものはなんですか?」インタビュアーに尋ねられた彼は、

もっと、ずっといつでも、ここに在りたい(I’d like to be more consistently here)」と答えました。

未来や過去、外側のあれこれに自動操縦されたように、心と体がどこかにいってしまうのではなく、自分でそのリモコンを持って今にチャンネルを合わせ、ここに在り、あなたと一緒にいたい。ビル・マーレイはそんなことを言葉を選びながら誠実に話していました。

 

私がanan編集部にいたとき、とても有名な俳優さんに同じような質問をしたことがあります。

「なんでも持っているあなたにとって、幸せってなんですか?」と。

 

彼は、「夕焼けを見たとき、キレイだなって思える心があること。どんなすごい絶景を目にしても感動する心がないと、ないのと同じだなって思った経験があるから」とお話ししてくれました。

彼の持つプレゼンスには、私たちスタッフへの配慮の心、偽りのない繊細さ、そしてプロフェッショナルゆえの孤高の美しさが同時にありました。

 

今ここに在ること、Mindfulness。

今ここに在るということを、Mindfulness(マインドフルネス)という言葉でも言われます。マインドフルネスのマインドフルとは「心を配る」とか「気に留める」という意味の英語で、仏教の念(サティ)という言葉が元になっています。

 

では何に心を配るのかというと、それはいまの瞬間に自分が何を感じているのかということ。マインドという言葉は思考のニュアンスが強いので、これを感じる心(Heart)に焦点を当ててHeartfulness(ハートフルネス)と言い換える人もいます。マインドフルネスには、心の傷を癒し、それを創造の力に転換するパワーがあると考えられています。

 

呼吸を使った瞑想法などでも「今ここに在る」トレーニングができますが、もっと身近な例でいえば、何かに没頭しているときもマインドフル状態です。

 

マイケル・ジャクソン、ブライアン・ウィルソン、ニッキー・ミナージュといったレジェンドと呼ばれる超有名アーティストたち。彼らは子ども時代にトラウマ体験をしています。交響曲第5番(運命)などの名作を生んだベートヴェンの幼少期は恵まれず、飲んだくれの父親にしばしば殴られていました。またTIME誌で最も影響力のある100人のひとりに選ばれたラッパーのニッキー・ミナージュも薬物中毒の父親を持ち、母とともに彼の暴力に怯えながら暮らしていたそうです。

 

科学者たちが幼少期のトラウマ経験がある234人のアーティストたちを分析したところ、フロー(FLOW)という心理状態が鍵を握っていました(1)。つまり、彼らは創作の過程で完全に没頭し、我を忘れた状態になっていたということ。これがフロー状態、心がそこに一点集中したマインドフルな状態です。フローが辛い実態から別世界を開く扉となり、芸術を生み出す力になっていたのです。

 

フロー状態になれる8つの決め手。

フローという心の状態を提唱した心理学者、ミハイ・チクセントミハイ博士によればフローには8つの要素があります。

1. やっていることに完全に集中している
2. やっていることのゴールとそれで得られる報いが明確で、
 すぐにフィードバックが得られる
3. 時間を超えた感覚(実際よりも時間が経つのが早かったり、遅かったり感じられる)
4. やっていること自体に報いがあり、やりがいがある
5. 苦労をほとんど要しない
6. チャレンジがありながら、自分のスキルとの絶妙なバランスで行える
7. 忘我の境地(やっていることと自分の意識が一体になった感覚)
8. 自分でコントロールする感じがある
(PositivePsychology.comより抜粋翻訳)

 

自分が実際にやってみてこれを置き換えてみると、上手いや下手という外側の評価はよそにして、料理や、絵や文章を書いて癒されるときは、決まって以下の状態になっています。

1. やっていることに完全に没頭
2. 時間を超えた感覚(食事を忘れるなど)
3. やっていること自体で癒される(評価は関係ない)
4. 努力や苦労はあるが、やらないほうが不調や不自然

こういうときに、見覚えがありませんか?

 

ミハイ博士によると、人の神経系は毎秒110ビット以上の情報を処理できないそうです。例えば人の話を聞いて理解するのには60ビット必要とか(2)。つまり二人の話を同時に聞くのは、結構大変っていうことなんですね。簡単すぎるタスクで他のことが頭に浮かんでも、逆に難しすぎて110ビットのキャパシティオーバーになってもフロー状態には入れません。

 

処理できる情報量をフルで扱う完全没頭状態に入ると、空腹感や痛み、明日への不安、「わたし」という感覚ですら処理する力が残っていません。そこではトラウマを抱えたアーティストたちを苦しめる恥の意識や不安、落ち込みといった否定的な感情も薄れていくのでしょう。

 

彼らのようなひどい虐待の経験がなくても、心にトラウマがひとつもない人は誰もいないでしょう。大切な人との別れ、人生の失敗、拒否や比較されたり(したり)、持っていたり持っていなかったり。そういった経験で心を痛めたことが一度もない人は一人もいないからです。

 

そこでフローは創造性につながるだけではなく、幸福の鍵であるとも博士は考えています。得意のピアノを弾くなり、友達と夢中で過ごすなり、ジャンガをするなり、没頭できる仕事をするなりどんな方法でも良いのですが、没頭すればそれがフロー状態になっています。魂と心と体が完全に一致した、癒しの状態です。

 

実は約800年前の日本で、「特別なことをしなくてもフロー状態は毎日の生活で行えるよ」と教えた人がいます。鎌倉初期の禅僧 道元禅師です。お寺という狭い空間でたくさんの人たちが共同生活するためには、日常の動作は調和的なものでなければなりません。

そこで道元は、顔の洗い方、食事の仕方、用便後の尻の拭き方(!)に至るまで細かな作法をしっかり定めました。それはまさにひとつひとつの動作に心を一心に傾けるというまさにフローの極み。動作と自分が一体となるような完全没頭状態です。

 

今は効率的なことが良いとされる時代ですよね。1日にどれだけ企画書が書けるとか、電話しながらメールを返して調べ物をしてと、いろいろなことが同時に行える多動力が良いとか。

 

でもそれで心が疲れているとしたら?

 

非常事態を経験して、本当に必要なこと、実は必要なかったことが見えてきた人も多いと思います。やることを少し減らして、我を無くすほどひとつの行為に全身全霊で没頭してみませんか。不安に駆られたときほど、目の前の当たり前のことにただじっと向き合ってみてください。すると、あのアーティストたちのように創造性の扉が開き、あなたの大いなる内側から思わぬ癒しや解決法が贈られるかもしれませんよ。

 

参考
(1)Thomson,P.& Jaque.V.S.(2018).Childhood Adversity and the Creative Experience in Adult Professional Performing Artists. frontiers in Psychology.doi:10.3389/fpsyg.2018.00111
(2)https://www.ted.com/talks/mihaly_csikszentmihalyi_flow_the_secret_to_happiness?language=ja#t-1119370