home 東京薪割り生活 [29]サトウさんの虹色の髪

[29]サトウさんの虹色の髪

バイト先のサトウさんの髪は、虹色でした。厳密に言うと、紫と黄色と緑。それは柔らかそうなふわふわしたロングヘアで、赤いプラスチック製の星形のヘアピンが左耳の上に留められています。

 

高校生のとき、学校に内緒で駅前の喫茶店でアルバイトをしていました。私はダンス部だったのですが、衣装代やらバレエシューズやらいろいろかかったのです。部活帰りにファストフード店で打ち合わせすることも多く、私服の学校だったのでいろいろオシャレをしたいというのもありました。

 

その喫茶店は駅前の便利な場所にありましたが、うどん屋さんだったり定食屋さんだったり。新しく店ができるたびに潰れてしまいました。その喫茶店も今はスターバックスになっています。

 

私のシフトは、土日のモーニングでした。大学生のサトウさんと二人で店に立って、注文をとったらそのままキッチンでパンを焼いたりコーヒーをいれたりして持っていきます。だいたいやってくる人は同じで、競馬新聞片手のおじさんに「お姉ちゃん、レーコ頼むな」なんて言われて。そそくさと裏に回り、サトウさんに「レーコってなんですか?」と尋ねて、それがアイスコーヒーだと教わりました。

 

サトウさんの動きにはムダが全くありません。私が注文をとって調理場にいくと、もう厚切りトーストとゆで卵と小さなサラダのセットが仕上がっています。サトウさんは聖徳太子のように、自分のオーダーを取りながら私のそれもきいている。

 

暇な日にはオーナーに内緒でナイアガラの滝のようなパフェを作ってくれたりもしました。注文を取り、灰皿を変え、コーヒーを新しく設定し、レジを打つ。サトウさんはくるくる動き回って、働きます。

 

「できるだけ効率的に動くっていうゲームをしている」とサトウさん。だから逆に暇なときほど疲れるのだそうです。私は12時で上がりで、ひょろっと細身でちょび髭を生やしたオーナーとバトンタッチ。あとはサトウさんとオーナーが切り盛りします。

 

サトウさんはいつも髪をまとめてバンダナに入れていたので、それが虹色だということを知ったのは、ある日サトウさんも早番で一緒に上がったときでした。

 

今まで白髪を紫色やブルーに染めたおばあさんは見たことがあったけど、虹色の髪の人を見るのははじめてでした。後にも先にも今のところ、サトウさん以外に見たことはありません。

 

「アメ村でやってもらってる。コレ、メッシュっていうの。男にはモテないし、バイト中は髪を隠さなきゃだめだし、いろいろ不便だけどね」。

 

驚く私にサトウさんが教えてくれました。サトウさんはちょっとぶっきらぼうだけど、優しいのです。バンダナから解放されたサトウさんの虹色の髪は、水を得た魚のように、空気を含んでふわっと広がります。

 

「お疲れさまでした」というと、サトウさんは左手を上げて駅前の黒い頭の人混みに混じっていき、その虹色の頭は少しずつ小さくなって、いつまでも目印みたいによく見えました。

 

ある日マキワリの家のそばの川を散歩していたとき、黒い鯉の集団に、一匹だけ黄味がかった白地にブルーと黄色と朱色の差し色が入った鯉を見かけました。

 

サトウさん、どうしているのかな。

 

人生の節目で、就職して、家庭を持って、髪色は変わったのかな。

 

それとも「いろいろ不便だけどね」と言いながら、今も虹色の髪に赤い星形のピンを留めているのかな。

 

若いサトウさんの強さと孤独が、20年以上経ってようやく、ほんの少し理解できたような気がします。