それやりたい?本当に楽しい? 答えは、4歳のワタシが知っている#13

自分の内側の声を信頼する。

 

anan編集者時代にそういった特集や取材を企画して、編集させてもらいました。でも本気で人生でそれを実践してみようと踏み出したのは、サンフランシスコのコーヒーショップでたまたま隣に座ったジェイがきっかけだと思います。

 

当時私はバークレー大心理学部の2年間のプログラムを終えて、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の代替医療の治療、研究センターUCSF Osher Center for Integrative Medicineという施設の日本人を治験者とした体感覚と感情のつながりに関する研究補助をしていました。無給のボランティアです。

 

マインドフルネスや瞑想の研究データを引っ張って、「怪しくない」と人に伝えたいと論文を読んでみてもほとんどの治験者が欧米人。

 

他にも私が会社を辞めてバークレー大を目指したきっかけでもある別の研究機関でも無給インターンをしていましたが、慈悲の心について研究したり登壇していた人気神経科学者を訪ねて突然インターン希望でやってきた学生をつなぐと軽く舌打ちされたことも、「研究って本当に正しく分析されたものなのかな?」と疑問を感じ始めたのもきっかけのひとつです。

 

中年をすぎてほぼ人格形成が定まったタイミングでアメリカにやってきた我が身を振り返り、「社会的にアリ」が日本とアメリカで違ってズッコケたり、無様な姿を晒すことが多かったワタシ。文化が感覚や人格そのものに影響を与えないはずがなく、欧米人のデータをそのまま日本人に適用するというのはしっくりくるのかな?と違和感を持ち始めてもいました。

 

日本語がわかる日本人アシスタントとして、日系人向けの地元紙に治験者集めの広告を出し、個人のFaceBOOKアカウントでも参加者を募り、電話でブリーフィングして、小さなパイロット研究を行うサポートをしました。

 

大学院に受験したいとも考えていたので、データをとった後にはそれを分析する力をつけたいとも思っていました。往復の交通費20ドルにコーヒーショップ代5ドルは無職の身としてはキツかったですが、頑張ろう!

 

自分のデスクはなかったので、遅れないように自宅を早めに出てバスとBARTを乗り継ぎ、センターから歩いて20分ほどの距離のPeet’s Coffeeというコーヒーショップを作業場にしていました。いつも同じ一番安いセット、カフェインレスのコーヒーとバナナブレッドを注文して、wifiを借りながら資料のデータ入力やディスカッションで発言する言葉を英訳して頭に叩き込んでいました。

 

別のセンターで借りた『(左脳は語り、右脳は笑う)The Left Brain Speaks The Right Brain Laughs』というランサム・ステファン博士の本を机に置いて席を確保し、いつものように注文へ。席に戻ると、隣の席の女性が「それ、おもしろいのかしら?」と話しかけてきました。それがジェイとの出会いでした。

 

「あ……まだ12頁ぐらいしか読めていなくて。だからおもしろいかどうかまだよくわからないです。でもややこしい脳神経学の専門用語をうまく説明しているなと思いますよ。なぜですか?」と答えると、

「クリエイティブ・ライティングのコースを教えているから、どんなものなのかなってちょっと興味があったの。私はジェイ、はじめまして」。

 

そこで世間話が終わるかと思ったのですが、ジェイはまだ私に体を向けています。

 

そこで「あ、私はアヤです。この近くの研究機関で体内感覚と感情のつながりについての研究のアシスタントをしています。日本人と日系人を治験者としたものです」と自己紹介しました。

 

「へぇ、なにかきっかけがあったの? あなたは研究者かなにか?」とジェイが。

 

「いいえ。私は瞑想の実践者なのですが、体験から自分が頭の考えに騙されていると感じて。では、体が感じる痛みや快感なんかはどうだろうと興味を持って、お手伝いすることになりました。でも、この研究に関わりながら、私を含めた日本人は欧米人より体感覚を感じることを許しにくいんじゃないかと感じています」と話しました。

 

「おもしろいわね。それはどうしてなのかしら?」とジェイ。

 

「日本人は集団の和の中で生きています。目立ちすぎて迷惑をかけないように注意を払い、助け合って、調和を持つ。例えばスターバックスのトイレだって、日本は驚くほど清潔に保っています。アメリカのトイレに始めて入った時は、暴動の後かとびっくりしました」。

ジェイが身を乗り出しました。

 

「でも体は個々のもので、誰ともシェアできません。あの人の痛みは想像できるけど、全く同じように感じることはできません。だから悲しみを感じると胸がギュッとするとか、お腹のあたりがザワザワすることは、集合的な価値観から独立した “自分” とアクセスすること。それは個々人の感情を認めることにもつながります。

 

そこで体感覚に敏感になることは個である自分を許して認めることとなり、同調圧力から外れます。

となると個人の感覚に従ってしまうと、社会とうまく適合できなくなるんじゃないかという

無意識の不安が私たち日本人にはアメリカ人よりもあるんじゃないかなと思うんです。

アメリカで暮らして、アメリカ人の当たり前と自分の当たり前を比較するうちに

そう感じるようになりました。個人差もあると思いますが」。

 

「自分の感覚を許すことは大切なことよ。どうか、あなたの感覚を信頼して、愛情込めて自分を大事にしてあげて」とジェイ。

 

「正直言えば、自分を大事にするという感覚がよくわからないです。

 いきなりこっちにきてから意見を言えとか、

 好きなことをやればいいって言われても、ちょっと戸惑います」。

 

ジェイがびっくりした様子で聞きます。

「それって子どもの頃から?」。

 

「たぶん、子どもの頃は違いました」。

 

「じゃあどんなときに喜びを感じて自分を大事にできているなと感じた? 思い出してみて」。

なんと突然ジェイによる公開カウンセリングが始まりました。

 

「うーん、祖母の家で、ただひとりで絵本を描いていたときです。それは、完全な安全と安心の中にありました。

 描いた絵がうまかろうが下手だろうが誰にもジャッジされない。

 ただ絵を描くのが楽しいから描くという、その先のことや評価を考えなくてもいい。

 祖母や母に読み聞かせると、二人が本当に喜んでくれて。

 ただやりたいことをやっていてOK、ワクワクした自分をそのまま表現したら人が喜んでくれる、

 という守られた感覚のときですね」。

 

「それっていくつぐらいのとき?」。

「4歳ぐらいでしょうか」。

「じゃあ、これから何かをするとき、4歳の頃のあなたに聞いてみたら? 

 これ、本当に楽しい? やりたいの?って」。

 

「でも人生の大切な決断を4歳児にさせるって、リスキーじゃないですか?」

「だけど、4歳のあなたしか、あなたの喜びがわからないんでしょう?」

とジェイに言われ、まさにその通り。

 

「でも一般的に、私たちは学ばないと、知識を得ないと、経験しないと、

   さらに周りからOKされないと、何かに到達できないと考えています。 

 4歳児の私に比べて、今の私のほうが長く生きてきた分、多少はそれがあると思うんですが」。

 

するとジェイが辛抱強く私を諭します。

「そうじゃないの。外側の何かは確かに論理的に物事を判断したり、整理する助けになると思うわ。

 でもね、大事なのはあなたの内側の感覚。

 嬉しいとか、悲しいとか、辛いとか、あなたの心と体が今何を感じているの? 

 それを聞くのよ。そして、信頼して答えを待つの。

 その結果として、あなたの創造性とも繋がれるの。

 内側に聞いて待つ。必要なのはそれだけよ」。

 

「今を感じるって、ちょっと贅沢かなとためらうことがあります。

 私はマインドフルネスの実践者でもありますが、“今を生きる” ということに

 罪悪感も持ってしまうんです。未来や過去に対して無責任な気分がして。

 ただ自分の感覚とつながって、今を感じるって、それだけでいいの?って」。

当時の私は、まだ今を大切にする力を信頼する勇気がありませんでした。

 

するとジェイがキッパリと言います。

「今という瞬間にしっかりコミットすることで、過去や未来も得られるの。

 むしろ全てとさらに強く関わり合えるのよ。

 ”ただあなたである“ というのは、人生を放棄して漫然と好き勝手に遊ぶというのとは違う。

 今に寛ぎ、今を深く味わうことで、何をあなたが感じているのかを知る。

 そこから深い気づきや本来やるべきことに導かれていくのよ」。

 

初対面にも関わらず90分ほど話し込み、「いつでも連絡ちょうだい」と最後に名刺をくれたジェイ。

彼女は作家でした。

インターネットで調べると、彼女は17歳で子どもを産み、38歳で夫を亡くして未亡人となり、45歳でスタンフォード大学の学士を取得し、孫が産まれた年にフィレンツェへ海外留学。自分より半分以上年下の同級生とともに学んだ、とありました。

 

ジェイが歩んできたものは私とは全く違う人生だけど、当時の私も半分ほどの年齢の同級生と肩を並べて

勉強していたので、今ここで彼女と出会えたことにシンクロを感じました。

 

この研究アシスタントは、データをとって分析段階に入るというとき

「京都大学の博士課程の台湾人学生に参加してもらうことにした」と教授に言われました。

「私もその分析をやりたいのです。それでサポートしています。私は唯一の日本人です」と伝えると、

「君はどこの大学院生でもないし、センターに所属する研究員でもない」と言われました。

無料で人集めをして、日本語の訳や概念を説明し、単純なデータ入力をしてくれる人。それが私でした。

いつかデータ分析ができる。その見込みはどんなにポジティブに未来予想してもなさそうでした。

 

そこで「このままこれをやりたい?」小さな私に聞いてみました。

その消え入りそうな声に耳を傾けて、私は研究アシスタントを去りました。

「NO」と言えたのは、あの研究のアシスタントをしたおかげかもしれません。

腹のそこから湧き上がってくる「YES!!!」が感じられないと腑に落ちたし、

ジェイに出会って、本音の気持ちを聞くことを許せたから。

勇気を持ってピンとこないことは辞める。

研究者、教授、いろんな人のいろんなやり方があっていい。

だから、私は私のやり方をやってもいいんです。

同じ現実を生きなくてもいい。

 

このマキワリ日記は、4歳の自分と再びつながって、安全で満たされたエネルギーを表現するものです。

恐れや恥の心があっても、それも含めたまるごとの命の輝きを信頼してみる。

小さい頃から訳もなく好きだったことはなに? 得意だったことは?

シュッとした絵ではないし、迷う心も表した文章でも、ひとつの完全な存在としての自分を大切にする。

安心や喜びを選択すると、私の観念や世界はどうシフトしていくのかな。

楽しみでもあるし、それを許すことがちょっと怖くもある。

まだわかりません。心の声に耳を傾け、表現し、信頼して待つ練習。

 

私たちの心を無防備にするもの、それはひとつの完全な私たちに還すエネルギーかもしれない。

そう体感し始めています。

ー#14に続く。カリフォルニアのヴィッパサナー瞑想合宿センターで心の膿をむき出しに#14