home 東京薪割り生活 [52]バーバラという名前の”心のウイルス”

[52]バーバラという名前の”心のウイルス”

アメリカの大学院で電子工学を学んだ父は、義理の母であるわたしの祖母のことを、私たちが「おばあちゃん」と呼ぶ陰で、密かに「バーバラ」と呼んでいた。

 

さかのぼることその小学生時代より、丁寧な字でびっしりと几帳面に綴られてきた彼の授業ノートには、そこかしこにマリリン・モンロー風のお色気おねえさんが落書きされていた。

 

ある日父が「バーバラを描く」と言って祖母の似顔絵を描き始め、それが次第に『猿の惑星』の猿人のようになったわけだから、その絵は祖母に贈呈されることはなく、静かに土居家の秘密として封印されることになった。

 

そんなこともあったので、臨床心理の本などを読んでいる最中にバーバラという名の登場人物が出てきたりすると、たとえそれがどんなにシリアスなケースだったとしても、あのゴリラ化した祖母の絵を思い出し、ブッと吹き出してしまう。

 

無意識に感情や記憶を呼び覚ます心のウイルス、”引き金ウイルス”。

物理学の教授で『こころのウイルス』の著者ドナルド・ロフリングは、こういったある反応を招く不可解な心のトリガーを、心のウイルスの一種である“引き金ウイルス”と呼ぶ。過去の体験やその記憶が、無意識のうちに、ある感情や記憶を呼び起こすのだ。

 

”引き金ウイルス”を始めとする心のウイルスには、このような楽しい気持ちにしてくれるプラスのものもあるし、マイナスの引き金もある。

 

そういえばわたしが小さい頃のことである。なかなか上手く描けたと鳥の絵を机に置きっぱなしにしていたら、父が仕上げのツヤボクロをこっそりそれに描き加えて、わたしを大泣きさせたことがあった。今ではツヤボクロは笑い話というプラスの引き金だけど、小さいときのわたしの世界では恐怖や破壊、侵略というイメージを誘うマイナスの引き金だった。このように視点が変わると、心のウイルスによって引き起こされる感情もまた違うものになる。

 

ロフリング氏によると、ウイルスから解放された心には6つの特徴がある(1)。

 

心のウイルスから解放された状態。

  1. 他人の期待や世間の常識より、自分で自分のことを評価する

  2. 自分の状態をコントロールする力がある

  3. 苦境や行き詰まりを有効な手がかりとし、上手く失敗できる

  4. 一人の時間と他人と交流する時間のバランスが取れている

  5. 自分と周囲の成功が調和し、双方にプラスをもたらす

  6. 社会のニーズを見通す直感的嗅覚とそれを生み出す創造力がある

 

さて話を戻すと、頭は忘れていても体が憶えている刺激という”引き金ウイルス”がある。その存在を実感したのは、カリフォルニアのエサレン研究所で学びながら暮らしていたときだ。

 

身体を動かす瞑想で”引き金ウイルス”が癒された。

当時スザンヌ・スカーロック-デュラナ、CMT、CST-Dから、彼女の『フルボディ プレゼンス』というメソッドから発展させた、身体を自由に動かすという瞑想を1か月間かけて習っていた。これは目を閉じてなるべく思考を停止しながら身体の声を聞き、それに任せて好きに身体を動かして自己ヒーリングしていくという手法をとる。

太平洋に面した絶壁にあるエサレン研究所の名物温泉は混浴で、度肝を抜かれた。ここでエサレンマッサージや各種セラピーが行われることも。

わたしにとって瞑想というのは、坐禅だったりヴィパッサナー瞑想だったりと、姿勢を型にはめて体の動きを制限し、感覚に集中しやすい状態を作ることで、思考ではない体の声を聞くというものだったから、この瞑想は、ゴールは同じでもアプローチの仕方は全くの逆だった。

 

「こんなのが瞑想って言えるのかなぁ?」と半信半疑だったけど、動く瞑想の最中に、両手がそこに行きたがったので両手が求めるやり方で、そっと目の上に置いた瞬間!

 

その手の感触があまりに優しく、心と体と魂の全部が守られた感じがして、その途端に、悲しみがどっと溢れ出して涙が止まらなくなった。明らかに心の中の何かが着火したことが実感としてわかり、「こりゃ、なんなのだ」と我ながら驚いた。

 

わたしにとって、そっと目を手で覆うことは、見たくないものを見なくていいという自分を守る要素のひとつで、どこからこの刺激と反応の関係性ができたのかは記憶が定かでないけれど、あるタッチで目に触れる感覚が引き金になり、社会的には表に出せないと押さえ込んでいる無防備でもろい自分が現れるのだろう。

 

そんなときにエサレンでは、嫌な感情を自分から切り離そうとせず、今ここの身体の感覚に集中してグラウンディングしなさいとアドバイスされた。たしかに悲しみや痛みを解離せず、自分の反応として観察できた体験は、大きな癒しになった。

 

感情と感覚のつながりを見届けたことで、心のウイルス感染から解けたようにも感じた。これは、まだ言葉にならないような微かな感覚に注意を向け、それと過ごすというユージン・ジェンドリンの心理療法 フォーカシング(focusing)にも少し似ている。体験は認識できた時点で、それと同化していた自分の目線を観察者のそれへと引き上げる。

 

間違った意味づけをする心のウイルス、”思い込みウイルス”。

また心のウイルスには、“思い込みウイルス”というものもある。例えば絵を色っぽくさせるために必ずツヤボクロをつけるという父も、“思い込みウイルス”に支配されている。ちなみにマリリン・モンローはつけボクロだったという説もあるし、これは世の多くの人々への感染力がある強力な”思い込みウイルス”なのかもしれない。ちなみに余談だが、母にもわたしにも、彼にセクシーさを彷彿させるツヤボクロはない。

 

さて中年になってアメリカで学生に戻ったわたしには、『自分は人よりも劣っている』という厄介な“思い込みウイルス”に感染していた。

 

その感染に気づきながらも、瀕死状態になってマインドフルネスの師ティク・ナット・ハンが暮らしていたプラムヴィレッジを訪ね渡仏したことがある。

 

そして尼さんたちにこう打ち明けた。

「すべては繋がりあっているという縁起の考えはわかりますが、わたしはどうしても自分が持っていないものを持っている人に出会うと、その人たちと比べて劣等感を持ってしまいます。そして不幸せな気持ちになります。ハン師の本もほとんど全部読みましたが、未だにマインドフルネスや相互存在について頭だけでなく、心で理解できるように思えないのですが」。

 

それに対して、シスター・チャイがこう励ましてくれた。

「あなたがそう認識できているという時点で、すでに理解の大きな一歩を踏んでいるのですよ。認識しているということは、もうそれは対象になって、あなたと一体化していないということですから」と。

 

思いやりは、心のウイルスの効果テキメンのワクチン。

この言葉もまたわたしを心からホッとさせてくれ、ウイルスから解放された世界を垣間見せてくれた。

思いやりほど、心のウイルスの強力なワクチンはない。

 

参考

1. ドナルド・ロフランド著、上浦倫人訳 『こころのウイルス』(英治出版)