home 東京薪割り生活 [11] 引きこもりでつまらない?

[11] 引きこもりでつまらない?

連載の数字が思うように伸びず、悩んでいました。アクセス数というのは、成績表のようなもの。スコアだったら「まぁ悪かったね」でいいのだけど、原稿でいうとそれは「あまり人の役に立ってない」ということで、やっぱり落ち込みます。

担当の人は優しいから「読者には難しすぎるんですよ。もっと簡単に、子どもに丁寧に教えるように」とやんわりとアドバイスしてくれた後に、「お嫌でしょうけど、(心理学やスピリチュアルはもう離れて)アラフォー女子の悲惨な恋愛体験談、とかでもいいですよ」と言われて撃沈。しかし彼女の指摘は、アクセス数という遠く高くそびえる山に向けて、グルよりも老師よりも2000%確かなのです。

エロ、占い、恋愛というテーマ、それは3つの首を持つ怪獣です。旧約聖書で、ダビデは巨人兵士のゴリアテの意表をつき、石を投げてその額に命中させました。ノー肩書き、ノーエロ・恋愛・占い、無名と3拍子揃った弱小ダビデの私が、いかにしてアクセス数というゴリアテを番狂わせし、打ち負かせようと言うのでしょう。

禅センターよりもスピリチュアルセンターよりもなにより、現実社会がもっともマインドフルネス力が問われる修行の場だと思う今日この頃。落ち込んだりイラッときたり、「もうなにもかもやめちまえ!」と全部が嫌になったり。そんなときこそ、毎日のルーティンに戻っています。

週に5日はこんなふう。掃除やマキワリなど家のことを1〜2時間します。コロナウィルスの影響で試験が流れちゃったけど、1時間TOEICの勉強。ニューヨークタイムズの記事を1本読んで、最低2時間はまゆみさんの翻訳をする。1時間心理学の本を読んで、1時間は自己啓発のベストセラー本を。参考にしたいジャーナリストの英語と日本語訳を1時間読み比べる。2時間は次の連載のネタを探す。行き詰まったら「食べたい!」と思う料理を作って、とことん楽しむ。あとの2日はすべての時間を使って連載の原稿を書きます。

この淡々としたルーティンが崩れるといろいろ怖い妄想が広がります。だから思い込みに囚われていることにハッと気づいたら、今できることをやる。ネタがどうしても思いつかないときは公園頼みです。走りに行ったり、気分を変えてお弁当を作って持って行って食べたり。

山伏の先達には「お前は引き込もっとるから、話がつまらない」とビシッと言われてしまいました。コロナでみんな引きこもりになって、不謹慎だけど、引きこもりを咎められなくて嬉しいな、なんて思っていたけど(暗い)。さらには帰国してからこの半年、わたしは大いに引きこもりを楽しみ、満喫していたけど。そうか…、わたし、面白くないんだ。。。だから数字伸び無いんだ。そっとTikTokをダウンロードし、テレビが無いからYouTUBEでお笑い番組をチェックして大笑い。一人家にこもっていると、笑い声も響きます。自分のつまらなさを自覚しつつ、じゃあ読者の人に喜んでもらえることってなんだろうと再び思いを馳せます。

と連載のネタに悩んでいたときに、お風呂でボーッとしていたら、ひらめきました。常日頃から、なんであんな教え方なんだろう。もっと簡単に教えられるのになぁと不思議に感じていたこと。それは日米仏韓と禅センターに住み込みまでして、20箇所以上でやり続けてきた瞑想です。そういえばお母さんも「どうやって瞑想ってやるの?」って聞いてくれてたよなぁと。

「よしきた!」と、座禅の手の形をガチョウの卵と言ったりしながら原稿を書いていると、写真が無いと死ぬほどわかりにくい。瞑想のページで、それこそ読者が迷走するわ。そこで三脚を買って、iPhoneでセルフタイマーのアプリをダウンロードして…と撮影。スタジオはそう、洋子ちゃんのマキワリの家です。個人宅のためうっかりコンセントが写り込んでしまったりしたから、画像を処理して…と、弱小ダビデはどこまでもホームメイドの自社工場生産です。手作り感ハンパない写真だけど、これ載せてもいいんかな。でもこれが今のわたしの精一杯。

「もっと写真がうまくなりたい!」と、もはや自分が何屋かわからなくなってきましたが、というわけで三脚の使い方を公園で練習していました。これの撮影中に小さな3人兄弟がやってきて「何やってんの?」と聞かれました。「これからお弁当を食べるんだけど、その撮影をするの。お花見の予行演習みたいなもんね。楽しそうでしょ」と言ったら、真ん中の子がなにか言いたげです。するとお父さんが「すみませんーー」とやってきて会話中断。久しぶりに生身の人と話して、ガッついているように見えたのかしら。まぁ、声が出てよかったわ。わたしもこれから帰って、原稿に向かいます。読んだ人に瞑想、楽しくやってもらえますように。