home 東京薪割り生活 [9] 黄金色に包まれる

[9] 黄金色に包まれる

先月からまゆみさんの本の翻訳を始めています。平和活動家のまゆみさんはハワイ島在住の女神をモチーフにした作品で有名な芸術家で、その作風は「日本のマティス」と言われ、ニューヨーク近代美術館にも作品が飾られています。

これが2冊目の本の翻訳となりますが、私は翻訳家になろうと思ったことはありません。そもそもにおいて営業が出来ないので、今やっている仕事は全部友達が運んでくれたもの。

まゆみさんの前のカズさんの本の翻訳は、バークレーの恩人 ゆかちゃんが繋いでくれたものだし、執筆しているウェブマガジンのgreenz.jpは、えりちゃんがカリフォルニアの環境会議について書いて欲しいと編集チームを引き合わせてくれたのがきっかけ。まゆみさんの本もカズさんとゆみちゃんが営業部長です。あとはかつての職場のananwebの連載です。

すべて計画してそこに向かったというよりも、みんなが運んでくれた目の前にやってきたことに努めて、あとは流れに身を任せたらこうなっていた、という感じです。

カズさんを紹介してくれたバークレーに住むゆかちゃんは、初めて会ったときから懐かしい感じがしたとても素敵な女性です。彼女は仏教哲学家で社会活動家のジョアンナ・メイシーに師事し、日本でジョアンナのワークショップを行ったり、本の翻訳や通訳をしています。

とは言っても私たちはゆかちゃんがどんな素晴らしいことをやっているか、という話をあえてすることはありません。

「餃子の皮包みにこおへん?」と言って、私がその好意を受け取りやすいように食事に招き、私がホームフリー生活を始めると自分ごとのように私の住む場所を探すようなゆかちゃん。彼女を見ているとその先生ジョアンナの教え、自分という輪を広げる在り方は、説明されなくてもわかるのです。言葉はなくても、彼女の行動から全てが見て取れるのです。

ゆかちゃんが紹介してくれた書道家で13世紀の禅僧 道元の著作を初めて英訳したカズさんもそんな人です。カズさんは欧米において平和活動家としても有名です。カズさんの紹介でニュー・メキシコ州サンタフェにあるウパヤ禅センターでしばらく暮らして修行することになりました。

「ウパヤのあとはどうするんですか?」とカズさんに聞かれ「特に決めていません」と返事すると「我が家にいらっしゃいませんか?」と言われ、しばらくカズさんの家でご家族と生活することになりました。それがきっかけとなり、私が編集者だったことも判明して、カズさんの素晴らしい本『Painting Peace』の翻訳をさせていただくことになりました。

まゆみさんとの出会いは、カズさんの本の一ページ目が『小田まゆみさんへ』から始まっていたので「お会いしてみたい」と強く願って、ハワイ島へ訪ねにいったことから。

私の場合、どうしても会いたいとかやりたいとか必要だと思うと3回メッセージがきたらその流れに向かうことにしています。幸いサンフランシスコからハワイ島までの航空チケットは格安で、さらには友達のゆみちゃんが1ヶ月前に旦那さんのケヴィンと引っ越したばかりということで快く泊めてくれたので、お金の問題は解決されました。

三人でまゆみさんの農場兼アトリエを訪ね、その後ゆみちゃんはまゆみさんのお手伝いをすることになり、その1年後にゆみちゃん経由でこの翻訳のプロジェクトが始動することになりました。ほんと、不思議です。

まゆみさんもカズさんも戦争経験者です。だから、彼らのメッセージを翻訳していると、突き詰めるとそれは私たち一人一人が平和を描こうということ。

幼いまゆみさんが目にし、耳にし、肌で感じる東京大空襲、嫁入り道具の着物を食べ物と交換する母、真っ黒の建物の骨組みしか残っていない街並み…。私が出会ったまゆみさんは78歳だったけど、ある日家の近くの公園を走っていると突然それが小さな体を震わせながら懸命に生きる4歳のまゆみさんになり、まるで自分ごとのようにドーンと体全体に飛び込んできたのです。

そのときちょうど日が落ちて、空全体が黄金色に包まれました。公園の池の周りで夕日を眺めていたカップルやおじいさんおばあさん、子供を連れた家族連れが金色の光に包まれました。眩しいぐらいの光の強さでした。「平和ってすごいことだなぁ…」「本当に幸せだなぁ…」という強い実感が内側から溢れ、圧倒されそうになりました。

翻訳家になろうと決意してそうなったというわけではありません。やっていることも、出会っている人たちも、私の今は予測不可能な化学反応だらけです。でも不思議と心の奥底はわかっている感じがします。

この本たちが翻訳され、まゆみさんやカズさんのメッセージを心から届けたいと願っています。