home 東京薪割り生活 [4] なんでも無いまん

[4] なんでも無いまん

立派なせいろが見つかったので思い立って冷蔵庫の残りを使って、豚ひき肉の代わりにおからを使ったベジまんを作ってみることにしました。ニンニク、ニラ、ネギをたっぷり、干し椎茸、生姜に、ちょっと歯ごたえを出そうともやし。ごま油と醤油と塩で味付けしたけど、なにか物足りないから干しエビを入れてみました。だから肉まんでもないしベジまんでもない、どっちでもない「なんでも無いまん」になりましたが、和辛子をつけてアツアツで食べたらなかなかおいしかったですよ。

アメリカが好きか、日本が好きか。

帰国してからアメリカが好きか、日本が好きかと尋ねられることがあります。そんなときに自分はこの「なんでも無いまん」のようだなぁと思います。例えば、ちらっと目があったら知らないモノ同士でもニコッと笑いあうアメリカは好き。でも、この間「夜遅くに近所の川沿いを歩いていたらラリって罵声を浴びかけてくるホームレスもいないし、注射針はおろか道端にごみひとつ無い日本で幸せな気分」と友達に感激して話したら「あんた、アメリカのどこに居たん?」とギョッとされました。今も恋しいカリフォルニアの素敵な街です。

なんでも無いまんを食べながら、椿の木にとまったメジロを眺めていたら、幼い頃に祖母の家で過ごした日々が思い浮かびました。不思議ですがこの東京のヨーコちゃんの家で暮らし始めてから、京都のおばあちゃんの家でのひとときがよく思い出されるようになったのです。緑のなかにポツンと建つ古い家というのが、なにか私の中にある守られた感覚を呼び起こすのかもしれません。

おじいちゃんと緑色のサンバイザー。

特によく思い出すようになったのは、5歳ぐらいのときのこと。バイタリティあるおばあちゃんとは違って、寡黙なおじいちゃんは洋間でクラシックの古いレコードを聴くか、大抵は庭でバラを育てていました。いまどきパンツじゃなくて下着はふんどし、朝食は若い頃からずっとフロインドリーブで取り寄せたポンパーニッケルひとすじ。今思えばもっと話しておけばよかったと悔やまれる興味深い人物です。そういえばおじいちゃん、家のなかでも緑色のカラーフィルム製のサンバイザーをかけていたっけ。「それはどうして?」とかね。今はもう亡くなって会えないから、質問しておけばよかったです。緑色のサンバイザーは一度かけさせてもらったことがありますが、少しだけおじいちゃんの匂いがしました。

おじいちゃんはやかましい小さな孫と接するのはあまり得意じゃないようで、二人で小さなこたつで密集して過ごしていても会話はありません。おじいちゃんは静かに本か新聞を読み、わたしは広告の裏紙に絵本を描いたり、ジュエリー・マキの広告の大きなエメラルドの指輪の写真を切り取って指に貼り付けておばあちゃんに自慢したり。そしておばあちゃんが「これ開けましょかー」とフミアキおじちゃんから送られてきた綺麗な箱に入ったお菓子を出して私たちの仲人役を勤めてくれるのです。

でも一度だけおじいちゃんと二人でハッスルしたことがあります。敷き布団の上に小さなわたしを乗せて、おじいちゃんとわたしで「わっしょい!」「わっしょい!」と神輿をかつぐように練り歩くという遊びを生み出したのです。ところがたまたま棒付きキャンディをなめていたわたしは、それを喉につまらせてしまいました。そこでおばあちゃんは「おっつぁん、いい加減にしておくれやす!」とおじいちゃんを叱りつけ、少し猫背気味だったおじいちゃんは「かなんことしたな…」と大きな体をさらに小さく丸めました。

遊びをうむということ。

今は自分の人生にあんなときがあったのが、夢の世界のようです。大人になって完成した遊びにのっかることはあっても、あんなふうになにげない日常で自由に遊びを生み出すことが少なくなっていました。自分の内側から創造した遊びというのは、棒付きキャンディを喉につまらせるような危険をはらんでいるのかもしれません。「なんでも無いまん」みたいにどこにもハマれないのかもしれません。

一ヶ月に一度このヨーコちゃんの家に立ち寄る山伏の先生にはよく「お前はなんでも答えを出そうとする。そんなものはわからないままでいい。もっと感じる知性を持ちなさい」と諭されます。だとすると自分が生み出した遊びが持つ意味は全然わからないけど、なんとも言えない楽しさと喜びに溢れていることだけは感じられます。

Just an ordinary man  but being special with joy.