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[39] あなたという存在価値

その人らしさ、世の中の贈り物になるような唯一無二の存在価値は、心の奥深いところに隠されています。外側のあれこれに意識を向け続ける限り、それに触れることはできません。

 

夏至の前後のことです。パートナーや勤務先に対する怒りについて、お話を伺う機会が重なりました。そこに共通していたのは、誰かや何かが悪いという被害者意識です。そこでは、意識は外側に向かっています。

 

社会的に物心がついてから、私たちは意識を向けるべきは外側の物事だと訓練されます。さらには外側のあれこれは圧倒的なリアル感で迫ってきて、私たちはそれこそが体験の原因のように信じ込ませられます。そして「今の場所は変えられない」とブレーキを踏んだ場合、自分の心を無視した自身への怒りが目の前の人や出来事に投影されます。

 

『セス・ブック』によれば

若者は人生に対してアグレッシブに取り組むようにと急き立てられますが、ここでアグレッシブというのは競争を意味しています。それはまた個人の意識を外側だけに向けるよう暗に示唆し、奨励しています。

 

意識は外側の現実に専念されるべきというだけでなく、その限界の範囲内でなんらかの特定の目標に向かっていっそう強く駆り立てられます。そしてそれ以外の方向性は疎んじられます。

 

程度の差はあれ、そういう人々はどんな意識の変化も——つまり「受動的」に見えるすべての試みは——危険だと見なすように訓練されています。相手が芸術家なら、たとえば作品がよく売れる場合にだけ容認しようということになるわけです。

『セス・ブック 個人的現実の本質』ジェーン・ロバーツ著(ナチュラルスピリット)

 

周囲の評価を伴わないものが無価値なのだとしたら、私たちはそれぞれなぜ固有の感情を持っているのでしょう?

生前数枚しか売れなかったゴッホの絵の価値は、当時と今だと違うのでしょうか。

だとしたら、それはなぜ?

 

何かが自分を非力で無力な存在だと感じさせていると思うなら、まず見直すのは自分との関係です。外側のことを変えることよりも、外側の現実という経験を創造している自分を変えるほうが確実だからです。

 

それは物の見方や解釈をシフトすることかもしれないし、シンプルに登場人物(キャスト)を含めた経験の枠組みを変えることかもしれません。これらはすべて過去の自分が作ってきた舞台です。いうならば、過去の残像のようなもの。未来は、今私たちがどういうフレームを作っていくかによって定まります。

 

未知の場所、それを選んで創造するという全責任を自分が持つと決心するのは、かなり怖いものです。覚悟が必要です。

 

乏しい経験から例をあげてお話しすると、私の場合は、ポジティブな出来事よりもむしろ心が壊れそうになるような辛い出来事のほうが、未知の場所へ向かう心を定めるきっかけになりました。

 

それらは十分すぎるほどパワフルで、心を覆っていた壁にヒビを入れて、

「本当にこれでいいんだろうか」

「今できることはなんだろう」

と考えざるをえない状況に追い込まれたからです。

そこでは必ず、大切な人の命が関わっていました。

 

大好きな祖母が亡くなったときは、第一志望だった出版社を目指す踏ん切りがつきました。「コネも何もないから無理」と言われながら、出版社はすべて東京にあったので、各社ごとにかかる面接用の交通費3万円を稼ぎたいと店長に頼み込み、シフトに多めに入れてもらったりと、本当にお世話になりました。

 

また親の病気とたくさんの人が亡くなった震災を機に、家族や命について考え直すことになり離婚に至りましたが、その後精神世界への興味がさらに加速し、会社を辞めて渡米して今に至ります。

 

本当の自分を生きると決めると、マイナスな自分も浮き彫りになってきます。

お金が減っていくことで不安になったり、肩書きを無くした我が身に劣等感を持ったり、さらには夫や子どもなど家族が無い自分の行く末を憂い、「こんなに物理的な物事に左右されるちっぽけな自分もいるんだ」と。

 

私の場合はそれをあえて書いて表に出してしまうことにしました。

光栄にも古巣のweb magazineで連載させていただいたのですが、すると今度は読んだ人に笑われたり叩かれたりして、そのコメントに傷つくという。書いたものへの自分の手離れの悪さや弱さを自覚することができました。

 

自虐ネタをさらすほど読者数と嘲りコメントは増えました。「これが私のなかにあったポジティブとネガティブなんだ」と圧倒されました。そして「ダメだ」「ダメだ」と卑下するばかりも本心ではないと気づき、変容のプロセスを書き始めると読者数が減ってしまいました。笑われたり叩かれないように武装した重たい期待や拒絶のエネルギーが働いたのかもしれません。難しいものです。

 

私がシェアし創造していきたいのは、それぞれがありのままの自分を許容し可能にして輝かせる世界です。

「ダメな部分もあるけど、いい部分だってある」というそれぞれの自分。

そこで「まずは自分から」と、ここで描いたり書いたりしながら、表現しています。

 

各自が世界を創造していく。

自分の感情に気を配って、大いなる自己と繋がり、思考の結果を生きるという世界。

被害者意識からは自由になって、自分を受け入れ肯定しその感情と思考に責任を持ち、

他の人を受け入れ肯定し評価する世界。自らが創造主だと自覚する世界。

 

そんな世界を創造する仲間が増えていけば、嬉しいです。