home 東京薪割り生活 [34]現実創造と100%の自分

[34]現実創造と100%の自分

この2、3日は大きな喜びと大きな悲しみを体験しました。誕生日は近所を散歩中に見かけた、ちょっと気の利いたレストランに食事にいきました。

 

そこは古い一軒家を改装した少しモダンなレストランで、壁はグレーとダークブルーの間のようなニュアンスのある色。テーブルにはグリーンの小さな実がついた蔦植物があしらわれて、ミニマムな世界のなかにも店主の美意識がキリッと光り、でも気負いがない意心地のよい店。

 

お祝いに一杯、フランス アルザス地方のビオディナミを注文しました。ほんの少しにごりがある繊細な泡の黄色のワインで、フルーティだけどほんのり苦味が余韻に残る。ワインと一緒に、絶妙な加減にスパイスされた押し麦と季節野菜の一品をナイフとフォークでいただいていると、「本当に最高の誕生日だなぁ」と幸せに。

 

お誕生日にテーブルにひとり。

それはちょっと寂しいことなのかもしれません。

 

でも、ものすごく嬉しかったんです。

自分で自分をお祝いできたこと。

もう誰かに何かをやってもらおうと期待したり、待ったり、やってもらえなくて落胆したり。

「相手の反応を待つ」「相手の反応を期待する」「相手の反応をコントロールしたくなる」という

三大落とし穴にはまらなくても、生きていける。

 

幸せを選ぶことはいつでもできる。

愛情を注ぐことができる。

今の自分じゃダメだと思うのは、もっともっとたくさんの愛情を注いで、ハートを温めてあげようというサイン。

あぁ、私はこのお店に行ってみたかったんだ。それで今日行ったんだ。

今日は私のお誕生日なんだ。大きな命の一部として、生まれてきた日なんだ。おめでとう、私。

しかも、ワインも注文できたんだ。

まだお昼だけど、飲んでみたかったから注文できたんだ。

これでいいんだ。

「誕生日にひとりぼっち? だったら家にこもって、

 さらに絶望な気持ちを味わってみたら」と、

 わざわざ自分を痛めつけるドラマにもうひたらなくていいんだ。

私の現実は私が決めればいいんだ。

なんという解放感だろう。

なんでこの感覚をずっと忘れていたんだろう。

小さい頃はわかっていたじゃない。スリップをドレスに見立ててダンスしたりして。

今日はなんて素敵な誕生日だろう。

お父さん、お母さん本当にありがとう。

みんなありがとう。最高の誕生日です。

毎日こう過ごそう。

 

そんな気分でレストランを出た後、お祝いをいただいた友だちにお気に入りのコーヒー豆を買いに喫茶店に行きました。帰宅して豆乳のホイップクリームを添えて、母が焼いて送ってくれたフルーツケーキをぶ厚めに切っていただきました。

 

するとずいぶん久しぶりの大好きな友だちからメールが入っていました。

「お誕生日おめでとうーーーー。今日偶然読みたいって言ってた本が帰ってきました。

 元気? 現実がすごいことになっていて、学びが山盛りです!!

 ミラクルすぎる展開で漫画か?と思うんだけど、またお電話するね〜」。

 

彼女は、私がアメリカにいるときも神様電話みたいにサポートしてくれた友だち。

愛と光がそのまま人間になったんじゃないかなという人です。

だからすごく嬉しくなって、彼女がお母さんになったときも、美しい水晶たちを使ったジュエリーのお店ができたときも喜びに溢れていたけど、さらにどんな良いことが彼女の人生に起きたんだろう?

文面からワクワクしました。

 

自分とは違う人の喜びに心からワクワクしている自分のことも、とても嬉しいな。

 

電話がかかってきて、それは私の予想とは違って、ガンのステージ4ということでした。

 

彼女は体験のなかの光と愛と感謝のなかにいて、やっぱりいつも温かく深い思いやりに溢れていて。一方で私は電話越しに胸に水たまりが広がっていくようで、ただただ悲しい。今までの自分とは違う反応で、励ましたり無理にポジティブになろうとせずに、彼女にこう伝えました。

 

「私はものすごい悲しいし、怒りを感じている。悲しい。

 どんな体験もニュートラルで気づきや学びの経験で、

 自分を超えた大きな設計図の一部で、不必要なものは何もない。

 それはわかっているけど、それにしてもひどい。悲しい。

 ⚫️⚫︎ちゃんにこんな形で愛を与えるのは宇宙としてやり方がひどい。

 瞑想や魂の実践や心理学の思考分析をもってしても、すごく悲しい。

 ⚫⚫ちゃんが絶対治ることはわかっているけど、

 もっと別の形で天のはからいを設定できたはずなのに。

 こんな美しい人になんでそんなことするの?と思う。

 ⚫⚫ちゃんにただこの世界に在ってほしい。

 ワガママに振舞ってほしい。

 好きなことだけやっていてほしい。

 怒ったり泣いたりもしてほしい。

 ただ幸せであってほしい」。

 

いったそばから、私はこの人のことをものすごく好きなんだなと思いました。

いつも一番キレイな鏡になって、私を見せてくれる人。

「ただ生きていてほしい」と思える友だちが世界にいること。

それがものすごく嬉しいと同時に、ものすごく悲しいという二つのまったく違う感情が

同時に体験されて、言葉になりません

彼女のいない世界なんて想像できないし、創造したくない。

このあたりにくると、彼女のことを思ってとかそういうものではなく、彼女の存在が私の幸せだから。

完全にエゴです。でもそれでいいんです。だって本当に好きだから。100%の気持ちだから。

 

あんなに現実は自分で創造しているといいながら、

私はまだ天のはからいを信頼できていないようです。

人生苦労しないといけない。

健康が良くて、病気は悪い。

喜びは良くて、悲しみや怒りは悪い。

意識は物質がなくなると存在しなくなって終わり。

 

こういう思い込みは全部手放します。

彼女が創造する現実は彼女のものだから、

私は作り出すことができないけど、私は自分の現実創造に責任を持ちます。

物事をあるがままの姿で受け入れます。

善悪を超えた、愛の世界に生きるために。

私自身と彼女と私に関わってくれるすべての人や物事に愛を送ります。