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[30]ラッキーちゃん

ラッキーちゃんが我が家にやってきたのは、私が4つぐらいのときでした。

 

目打ちで空気穴が入れられたお菓子の箱を母がそっと開けると、まだ羽毛が生え揃わず、ピンク色の肌が透けて見える小さなものがもぞもぞっと動きました。

 

「セキセイインコというのよ。可愛いね」。

 

それは今の私よりも若かった母が知り合いからいただいた、セキセイインコのひなでした。名前は4つ年上の兄が「ラッキーちゃんにしよう」と言って、ラッキーちゃんは我が家の一員になりました。

 

ラッキーちゃんの食事は私たちのように朝昼晩ではなく数時間おきで、お湯でふやかした粟を親鳥のようにスポイトからくちばしにそっと渡して与えます。十分食べ終わると、必ずラッキーちゃんはそのサインにぶるぶるっと体を震わせました。手のひらのラッキーちゃんがぶるっと震えたら、私も興奮して身震いしました。生まれて初めて、命の何かを感じたのです。

 

そっとラッキーちゃんに鼻を当てると、新鮮な干し草のような、少し香ばしい懐かしい匂いがしました。白目がなくて、瞳は真っ黒。ほっぺたのあたりにオレンジ色と白のメッシュが入って、頬紅を刺したようでした。絵本で見た、小鳥のイメージそのもので、私が一番好きなラッキーちゃんは、体を温めようと羽毛をブウっと膨らませて、まん丸な黄色い真綿のようになるときでした。

 

カゴに近寄って話しかけると、ラッキーちゃんはいつも首をかしげました。最初は「全然わかっていないのかなぁ」と思ったけど、しばらくラッキーちゃんと過ごして観察するうちに、言うことがわからないんじゃなくって、目が顔の横についているので、私を見つめようとすると首をかしげなきゃいけないんだということに気がつきました。

 

ラッキーちゃんは明るい性格で、おしゃべりとダンスを愛しました。幼いころ、兄と私はテレビのチャンネル争いなどでよくケンカしていました。私は4つ年下なので勝ち目はなく、ケンカに負けては悔し紛れに「おにいちゃーん!◯×△」と捨て台詞を吐いていました。するとある日ラッキーちゃんがそれをコピーして「おにいちゃーん」というようになったのです。不満げな感じの発音も、「ちゃーん」の伸ばし方も完全にそのまま。おにいちゃん以外のラッキーちゃん語は聞き取り不可能でしたが、いつも何かゴニョゴニョおしゃべりしたり、歌ったり。上機嫌なときは、カゴの棒を右へ左へ身体を揺らしながら行ったり来たりする独自の酔っ払い風ダンスを披露してくれました。

 

ラッキーちゃんは海苔が好物で、「粟以外のものをあげたら病気になるかもしれないよ」という母の心配を尻目に、巻き寿司の日には必ずラッキーちゃんのカゴに海苔を差し込みました。ラッキーちゃんは待ってましたと、バリバリと気持ちいい音を立てながら海苔をくちばしでついばみます。

 

ある日兄と「白い紙は食べない。じゃあ紙を黒く塗って食べるなら、ラッキーちゃんは色が識別できるということだ」と実験してみたら、ラッキーちゃんは鉛筆で黒く塗った紙をむしゃむしゃと勢いよくついばみました。兄と二人でそれを見て「おおおぉ!」と感動したけど、今考えればひどい実験です。

 

1日一度は運動が必要だと、ラッキーちゃんはカゴから放たれて家中をバタバタと飛び回りました。高い場所が好きなラッキーちゃんは、洋服ダンスや食器棚の上を自由に行き交います。気まぐれにラッキーちゃんが頭の上に乗ってくれると、異国のヒッピーになったようなクールな気分がしました。母に自慢しようと、ラッキーちゃんが飛んで行ってしまわないようにそぉーっと動いて台所に向かいますが、ラッキーちゃんはいつも爪を立てるので1分もすぎると頭がとてつもなく痛くなりました。

 

「お散歩終わり。カゴに戻りましょう」とラッキーちゃんを誘導するのは大変でした。過ごしづつ小さな場所へとラッキーちゃんを追い込み、最後にその小さな身体を手のひらでそっと包むのですが、「ギャー!ギャー!ギャー!」と、これは一巻の終わりといったような叫び声をあげて、ラッキーちゃんは体全体で不平不満を表します。でもカゴの中に入ってしまうと、「今宵のショーは終演」という感じで、何事もなかったかのように餌箱のなかの粟をむしゃむしゃ食べます。

 

ラッキーちゃんは二度家出したことがあります。一度は私が小学生のときで、いつものように放し飼いしていたときに、どこかの部屋の窓が偶然開いていて、そのままラッキーちゃんが外に行ってしまったのです。

 

ラッキーちゃんは母の友人のトミオカさんの家の庭の木にとまって歌を歌っていたそうです。トミオカさんは「綺麗な野鳥がいるなぁ」と見つめて、ハッとどこかで見た顔だと気づいて母に連絡し、ラッキーちゃんは我が家に戻ってきました。それ以来、ラッキーちゃんを放すときは家中の戸締りを再確認した後で、「今からラッキーちゃんを放します!」と大声で家族全員に通達することになりました。

 

二度目にラッキーちゃんが家出したのは、私が中学生のころです。ラッキーちゃんが好きそうな場所を探してもどこにもいない。泣きました。真っ黄色な鳥だからすぐにまた見つかるだろうと思っていたけど、以来ラッキーちゃんとは一度も会えていません。

 

ラッキーちゃんは今まで自分でご飯を取ったこともないし、雨に打たれたこともない。半年ほど経って「きっと、もう死んでしまったわね」と母が力なく言って、ラッキーちゃんの鳥かごは処分されました。

 

あのときは、窓を開けていたなんて、なんて私たちはバカなことをしたんだろう。危険な外にいってしまうなんて、ラッキーちゃんもなんてバカなんだろう。そんなふうに思っていました。

 

今は、どこか窓がひとつ開いてしまっているというのは私たち家族の愛すべき特性のひとつで、カゴの外の世界へ向かっていくのがラッキーちゃんの本能なんだと思っています。