home 東京薪割り生活 [27]記憶狩りの正体

[27]記憶狩りの正体

雨が降って少し肌寒かったので、薄手のカシミアのセーターを素肌に着ることにしました。セーターがそっと肌に触れると、少し優しい気持ちになります。

 

「ものに触れるその感触で、自分の心の確かさを味わっていたかった」。

 

エメラルド、リボン、鈴、鳥、香水、春…、ある日突然ものや生き物が消えていく。小説は燃やされ、無くなったものの思い出もその概念まるごと、秘密警察による記憶狩りで失っていく世界を描いたのが、小川洋子さんの『密やかな結晶』です。そんな島で生活する人々は記憶を失っていくことにすっかり慣れていますが、先の言葉はお話のなかで唯一ものの記憶を失わない編集者のR氏のもの。

 

確かに意識しなかったものは、その在りようが認識されることで、実体を伴う経験に変わります。カシミアのセーターをそっと指でなぞった後に、自分の頭を優しく三度撫でてみました。考えてみれば、頭を撫でられた記憶はあまりありません。でも髪を結ってもらった思い出はたくさんあります。

 

手先の器用な母とは違って、祖母は私の髪を結うのがあまり得意ではありませんでした。春休みや夏休みに京都の祖母の家で過ごしたときは、彼女に髪を結んでもらいました。二つくくりにしてもポニーテールにしても、高さが微妙に低かったり、分け目が左右非対称だったり。なんだか決まらないのです。

 

「おばあちゃん、なんかこれおかしいよ」と言ってくくり直してもらいますが、今度は素っ頓狂なチアガールみたいにポニーテールが高すぎたり。「これでしまい」と祖母が大きなリボンをぎゅっと縛ったらもうこれ以上のリクエストの受付は終了。祖母は「可愛らしい。可愛らしい」と行って台所に向かいます。頭を撫でながら、手のひらと少しゾクゾクした頭皮の感触を感じているうちに、そんな記憶の扉が開いていきました。

 

雨が小降りになって、虫たちが鳴き始めました。そして次に鳥たち。ポタポタという雨の雫が降りる音に、鳥のさえずりがハーモニーを奏でます。耳をすませると、昨日の夕方、雨が降り出す前に風呂場の裏手で遭遇したタヌキのことを思いました。

 

昨晩から早朝にかけて、タヌキはどこで雨宿りしたんだろう。あのふさふさしたチョコレート色の毛皮が雨に濡れると毛同士が冷たくひっつきあって、冬の間も外で生活できるタヌキでもやっぱり寒いのかな。

 

実はタヌキは不法侵入してきた女性が現れたあの日以来出現しなくなったから、「あの女の人は、ひょっとしてタヌキの化身だったのかしら」なんて思っていたけど、なんてことはない。昨日の再びの邂逅は心踊ったけど、やっぱりタヌキはタヌキで、彼女は生身の人間だったんだと、魔法がとけたようで少しだけがっかりしました。

 

こんな調子で感触や感覚に先に歩いてもらうと、後に従ううちに忘れかけていたり、今まで光が当たらなかった心の記憶に向かう橋が見えてきます。記憶狩りの正体のひとつは、いつでも先を行きたがる思考だったのかな。

 

冷蔵庫を開けてみると、なかはがらんとして、豆乳半パックと卵とネギ。お線香をあげて、少しお祈りをしたあとに、雨があがったら橋向こうのスーパーに芋を買いに行こうと思います。