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[26]古い遺伝子の記憶

朝起きると、気分がむしゃくしゃしていました。夢の中で腹を立てたせいだと思います。肌寒くて、窓を開けると湿った空気が入ってきました。曇り空。昨日の夜にお風呂の後で干したバスタオルが申し訳なさそうです。

 

一体なんで腹が立ったのかなと、夢の筋を追ってみることにしました。

 

そしてなるほど、これからの自分の生き方に私の残像が腹を立てているのだな。理由がわかると、少し絶望的な気持ちになり始めました。女ゴコロと秋の空とやら、実際は湿った春の曇り空だけど、影の自分が出始めると気持ちはあっちやこっちやと、変わりながら下っていくのです。

 

でも経験上、こういうときは不安になる必要はありません。自分の考えや感じ方のOSがアップデートするときは、古いシステムが寂しくなるものなのです。古いシステムの残像とは、私の中に脈々と受け継がれた、遺伝子の記憶の出現ともいえるかもしれません。

 

気分転換にクラシックを聴きながら、床も机も全部拭き掃除することにしました。よつかどの埃っぽいところをごしごし拭いていると、パイプをくわえた父方の祖父のイメージが浮かびました。遺伝子の記憶の現れです。彼とはほとんど会うことがなかったのでどうしてもその姿は、私が小さかった頃のそれになります。母方も父方も、私の祖父はどちらも孫を可愛がって一緒に遊ぶようなタイプではなく、明治、大正の男といった様子で、子どもにとっては気軽に話しかけられる人ではなく少し遠い存在でした。

 

祖父は東京の大学を卒業した後フランスで国際法を学びましたが、帰国すると土地は奪われ、持っていたお金や債券が紙切れ同然になっていました。それは自由を愛する彼としてはどこか確信犯的なところもあったのでしょう。堤防も重荷も無くなった彼は、最終的には大学でフランス語をたまに教えながら家族以外の人とほとんど会わず、細々と生活していました。財産を自分の代で無くしたことを、晩年に父や息子たちに詫びたそうです。

 

父は「健康な体と賢い頭をもらったから、もう十分です」と言っていましたが、私たち家族は「そう十分でもないよ」と言って父をからかったものです。でも確かに祖父は激動の中の国の方針やいろんな人の思惑によってお金やいろんなものを失ったかもしれないけど、その代わりといっちゃあなんですが、遺伝子の冗談みたいな父や私を手にしました。

 

祖父が最後に暮らした崩れかけの古い神戸の家には、不釣り合いな獣の剥製や虎の毛皮の絨毯がありました。前足と後ろ足に大きな爪がそのままついた毛皮の絨毯は獣臭くて、父たちが難しそうな話をしているあいだ、私はその爪の尖った部分を自分の手のひらに突き刺して感触を味わったり、兄と一緒に毛皮に指で字を書いたりして暇を持て余していました。

 

曇り空の朝に突然現れた祖父が、よつかどを雑巾でごしごし拭いている私を見て「偉いね」と語りかけました。それに対して「床拭きをしない人は、損していると思いますよ」と偉そうにいってしまったことを、雑巾についた髪の毛をとってゴミ箱に捨てながら後悔しました。古いOSの悲しみ、胸に痛みが走りましたが、「私はお祖父ちゃんと違った生き方や価値観だけど、大丈夫だから。私は幸せを大切にしているから」と伝えました。

 

このマキワリの家にいると、なぜこんなに過去が今と重なりあって一緒に経験できるのだろうと不思議に思います。今までこういうことが出来るのは、一種の特殊能力がある人か頭のおかしな人だけだと思っていました。でもそんなことないんです。誰でも出来ます。ポイントは以下だけ。

*「絶対ない」「絶対ある」と決めつけない

* 考えるよりも感じる

* エネルギーに寄り添う

* 話しかける

* 来たものを受け取る

 

意外な記憶が蘇ってきたり、もう会えないかなと思っていた人と心の交流ができたりします。ひとりぼっちというのは物理的なことをいうのではなく、意識の問題なんだなと感じます。例えば私が結婚をしていたとき二人でしたが、ひとりで居る今よりも孤独を感じていたように思います。でも人と居ると裏切られて余計に孤独になる、というのは、私の遺伝子に組み込まれた古い記憶を、壊れたカセットレコーダーのように繰り返しているにすぎないのかもしれません。今考えると、一番私のことを裏切っていたのは、自分でした。

 

曇りの日に最悪な気分になって床掃除をしたら、また、祖父が現れてくれるかもしれません。いつやってきてくれるかは、全然わからないけど。そう考えると、むしゃくしゃするのも悪くないですね。

 

今夜から大雨。雨には浄化の力があるそうです。それはまるで、地球の床全体の拭き掃除みたいです。