home 東京薪割り生活 [50]えたいがしれない

[50]えたいがしれない

今暮らしているマキワリの森の家の家主ヨーコちゃんは山伏で、なにかお告げをうけては連絡してくるエミリオはペルーの祈祷師だし、昨日メッセージをくれたキヨちゃんは、カリフォルニアでマクロビを広めたカズコさんの有機梅林を継いで梅干し作りをしながら宇宙のリズムと呼応して生きている。

 

こんな風にして、わたしの小さな人生の登場人物が自然な流れでカラフルになってきたのは、記憶の制限によって、図らずとも”今ここに生きる”というマインドフルネスの真髄を教えてくれた認知症のヒロミさんと暮らしたあのときが起点だったのかしら。

 

そういえばキヨちゃんの夢は、アルパカと暮らすことだけど、たぶんキヨちゃんのことだから次に梅林を訪ねたときには普通にそこにはつがいのアルパカが居て、わたしは唾を飛ばされるのだろうな。

 

いや、そんなことはないんだ。

このマキワリ日記を書いているうちに、眠りの中のわたしの大いなる誤解に気がつきました。

 

そんな会社を辞めてアメリカに行って、を境にしての、登場人物がカラフルになったなどという、シンプルなビフォア、アフターみたいな話ではないのです。夢を見ていたのはたぶん今ではなく昔のほう。もともと人生というのは得体がしれないもので、人々はそもそも誰もが底知れぬステキな謎に包まれているのです。

 

例えばビフォアのわたしは、社会のまっとうな構成員として、しゃかりきにやっていました(と思っている、少なくとも本人としては)。そしてアフターのわたしは、なにやらえたいの知れないゾーンに入り込んでいるような気がしています。でも現在の登場人物たちの、見えない存在と普通に対話している人たちばかりという点を除いては、突然不思議さが増したということは、無いのです。おそらく、たぶん。

 

よくよく考えると、ビフォア時代からのスタメンの“まとも”とされる父だって母だって、こうしてかつてのやり取りを振り返ってみたら、ユニークなものです。小さい頃に一緒にNASAの「宇宙人にさらわれた男」のドキュメンタリー番組を夢中で観たけど、父はいよいよヘミシンクに手を伸ばそうかと現在、本気で宇宙のことを恋しがっているみたい。

 

“ふつう”と思い込んでいた亡くなった祖父、祖母だって、だいぶ興味深い。特にほとんど口をきかなかった祖父は、紅茶キノコだとか、ゴマだとか、白やら黄色やら黒やらの朝からありとあらゆる粉という粉を健康のためとまじないのように食していました。あれ、効いたんかなぁ。

 

そうそう、あまりにも彼らの家に居着いて帰りたがらない小さいわたしを「だいまる(百貨店の大丸)にいこう」という殺し文句で連れ出した祖母だって。

 

2時間もの間、小さな子どもをうっとり夢中にさせる話を即興で作って聞かせ、電車やらバスやらを乗り継いで、両親の待つ家に連れ帰り、「ここ、だいまると違う!」と大泣きさせたっけ(そして4歳上の兄はそれを見て、大笑いした)。

 

うならされるのは、2時間も小さな子の興味と感心を持たせるなんて、彼女はなんて力のある物語の語りべだったのだろうということ。

 

しかし家に着いたことで泣き出した子どもを見る母の気持ちはどんなだっただろう。我が罪ながら、気の毒に思うわ。

 

こんなふうにして当人たちは目に見えるものとだけやり取りしていると思っているかもしれない。でも決してそんなことはない。すべての人たちは、何か奇跡のような力と普通に繋がっています。

 

この世界のすべての人たちは、いまこれを読んでくださっているあなたも、自分が思うよりもずっと豊かで、底知れぬ、無限の謎のなかに生きている。

 

今朝スーパーの宅配を、ゴトゴト滑車を鳴らしながら持ってきてくれた、猫背気味の優しいおじさん。彼だって、実は宇宙人にさらわれてイニシエーションを受けた男なのかもしれない。それどころか本当は夜な夜なスーパーのあとにスペースシップを設計している宇宙人かもしれない。決してそれを明かすことはできないけれど。

 

たとえそうでなかったとしても、1リットルの炭酸水を5本もわたしのために届けてくれた、彼は救世主だ。これでわたしが再び同じ過ちに陥って、胸焼けするまでバナナブレッドを食べてしまったとしても、このアムリタなる炭酸水にて乗り切ることができる。

 

「ここ、だいまるじゃない!」とヒステリーを起こした小さなわたしのように、電車で金切り声をあげる子どもを連れたあの若いお母さんだって、ママ友とのLINEから手を置いたら、鼻歌交じりのPhoenix顔負けの名フレーズが心のうちから溢れ出すんだ。

 

そんなふうに夢から覚めたようなときのわたしは、アメリカの禅センターで暮らしていたころ、同じくレジデントだったモリィに「アメリカから日本に帰国するのが怖い」と打ち明けてのやり取りを思い出します。

 

「どうして怖いの」とモリィに聞かれて、「だって、わたしにはなんにもないから。この状態で元の場所に戻るなんて、途方もなく怖い」と答えたわたし。

 

それに対して「悪いけど、元になんて戻れないわよ。絶対。だって、もうあなたが違うんだから。同じアヤがいないから、同じ場所なんてもうどこにもないのよ」とモリィ。

 

いま、その意味がすごくよくわかります。良い意味で。

心の底から思うもの。

なんにもないということは、ありえない。本当に絶対、すべて全員。