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[49]バナナブレッド

本日は、作家ヘンリー・デイビッド・ソローの誕生日なり。そこで、この間スーパーで買ったサーターアンダギーミックスでバナナブレッドを焼いて、マキワリの森よりお祝いすることにしました。

 

ドーナツよりもバナナブレッドのほうがイメージ的にヘルシーな気分がしたんだけど、オリーブ油をじゃぼじゃぼと100cc投入したときには、ちょっとひるんだなぁ。

 

バナナブレッドは、アメリカにいるときは、それこそもう夢に出てくるぐらい食べました。

 

バークレーにPeet’s Coffeeというチェーン展開しているコーヒーショップの一号店があったのですが、そこの奥まった席は勉強するのに絶好の場所。

何時間粘っても、煙たがられることがありませんでした。

 

バナナブレッドと本日のコーヒーは、腹持ちがして一番安いセット。

 

というわけで貧しい中年学生のわたしはいつも同じものばかり注文するものだから、店員さんがたまの暑い日にアイスティーをプレゼントしてくれたりしてね。

 

「えっ、どうして?」と聞いたら、「今日はね。世界アイスティー記念日なんだよ。おめでとう!」ってウィンクしてくれたり。

こういうところが、本当アメリカの好きなところ。

 

あのときは、ありがとう。今みんな、どうしているんだろう?

 

そこにわたしと同じ、毎日出勤するようにして通う背筋が90度に曲がったおばあさんがいました。

 

デイジーと呼ばれる彼女は絵本に出てくるメルヘンちっくな魔女のようで、いまどき頭にはピンクの花柄の頭巾。本当、ソローの時代の人みたい。

 

オレンジ色のシャツに緑の小花模様のスカートを履いて、メイクは真っ青なアイシャドウに、自分の唇よりもずっと細く、鮮やかな朱色の口紅をリップペンシルで一文字に書いていました。あれはメイクというより、アートだったなぁ。顔は俳優のトミー・リー・ジョーンズにちょっと似ていた、おばあさんだったけど。

 

背筋は曲がっていても、心までは猫背に支配されていない。態度は堂々として、コーヒーショップの一番真ん中のもっとも大きなテーブルを邸宅のサロンのようにして、ほかに2、3名ぐらいのえたいの知れない人たち、大きな犬を連れたおじさんや、これまた全身黒の魔女みたいなおばあさんたちとトランプに興じていました。

 

当時のわたしは多分、デイジーのことがちょっと羨ましかったんだろうな。今も、そう。

 

デイジーに比べてわたしといったら、本当は全身白で学校に行きたい気分でも、「英語もロクにわからない学生のくせに」「イキってる」って思われたくないから、毎日デニムに毛玉だらけのニット。実は白のレースのワンピース、クローゼットの奥に隠し持っているのよ。

 

化粧なんてもう何年もしてない。たまにこっそりみんなが寝静まった丑三つどきに、教科書越しにトム・フォードの23番を塗って、すぐティッシュで拭き取って。

 

いつ部屋から出て行ってくださいって言われるかわからないから、なるべく邪魔にならないように音楽はイヤフォンで聴いて。シュッと部屋に吹きかけて唯一の楽しみにしていたAVEDAのチャクラバランシングミストは「臭い」って言われて封印。そんな毎日だったな。

 

大なり小なり、なにかを得るためには、必ず自分の一部は失わないといけないという思い込みが生まれたのは、いつの頃からなんだろうなぁ、もう。

それは世界から自分を切り離してしまう危険な兵器。

 

原色どうしがぶつかり合う、ハチャメチャなぐらい独創的な洋服とメイクに、近所のコーヒーショップを自分の家のようにして寛ぐことができるなんて。なんて強いんだろう。

 

デイジーは自分との、そして人との関わりかたという意味で、わたしよりもずっと自由に見えました。アプローチの方法はま反対だけど、ソローも、ね。

 

オーブンから古き良きアメリカっぽい、いい匂いがしてきました。

 

バナナブレッドの粗熱がとれたら、ソローとデイジーと家で一番大きなテーブルでいただくことにいたしましょう。