出来ないという宝石

昨日、朝目を覚まして「生きている、すごいっ!」。
ただそれだけで感動しました。来月どうなっているかもわからない状態にもかかわらず。それでも、ただ今息をしていて、命を動かしていること自体が奇跡だと思うんです。

 

日本の総人口の2倍以上、二億五千万個の精子が繰り広げる、
お母さんの母胎が会場の、卵子がゴールの精子たちのレース。
膣のなかは酸性で、99%の精子はまずそこで命を落とします。
卵管に入れるのは優秀な精子のみ。
そのなかでも一番早くて、一番強かった精子があなたであり、私です。
生まれたときから、どんな自分であれ、もうすでに選ばれし存在です。

 

とはいえ「今のままじゃダメ。だからもっと頑張らないと」。
私の人生はずっとこんなふうだったと思います。
今も完全にゼロじゃないけど、昔よりはずいぶん肩の力が抜けました。

 

会社を辞めて渡米したころ、貯金を切り崩しての貧乏留学生生活でした。
一緒に肩を並べて勉強するのは半分ぐらいの年齢の人たちばかり。退職金も使い果たしました。

 

そして大学院進学を諦め、アメリカの禅センターで住み込み生活をしました。それは泣いても笑ってもアメリカ滞在ビザが切れる、9ヶ月ほど前の頃です。

 

威勢良く日本を飛び出した頃と何も変わらない、ただ歳だけ4年半分とった“ありのままの自分”で帰国すること。それがものすごく怖かったときのことです。
本当に自分のことが恥ずかしかった。情けなかったし、もう日本で知っている誰にも会いたくなかった。

 

禅センターでの業務が終わると、センターの図書館の本を読み漁りました。

タラ・ブラックの『Radical Acceptanceラディカル アクセプタンス』、バーニー・グラスマンの『Instruction to the Cookインストラクション・トゥ・ザ・クック』、ナタリー・ゴールドバーグの『Writing Down The Bones(邦訳:魂の文章術)』などです。

 

ナバホ族との体験で自己嫌悪に陥り、もう4か月以上、日記以外に何も書けていませんでした。ananwebの連載だけが、唯一日本社会との接点だったのに、それさえ果たすことが出来ず、一体自分は何のために存在しているんだろう。禅センターで100人の人に料理を作り続け、毎日三度坐禅しながら思っていました。

 

そんなとき、ベストセラー作家で禅センターの近くで暮らしていたナタリー・ゴールドバーグの本にあった言葉、

We think writing gives us an excuse for being alive.
We forget that being alive is unconditional and that life and writing are two separate entities.
私たちは書くことが生きていることの言い訳をくれると思っていますよね。(でも)私たちが生きていることは無条件なもので、生きることと書くことは別物。それを私たちは忘れています。
-Natalie Goldberg 『Writing Down the Bones』

に救われました。

“書く”というのは、他の言葉に言い換えられるでしょう。たとえば“良い親”、“優秀な働き手”、“親孝行な子”、“勉強ができる”、“美しい”など、評価に値するなにかに。

 

誰かに気づいてもらえることや注目や愛のために、私たちは一生懸命やります。本当に頑張ります。そして一喜一憂します。

 

タラ・ブラックのRadical Acceptance(ラディカル アクセプタンス)とは、徹底的に自分を受け容れるという意味です。他の誰でもない自分が、どんな自分にも気づき、注目して、愛するということです。

 

「書けなくてもいい」と受け容れた後は、禅センターで必死に奉仕しました。友だちには「禅センターでもサラリーマンやっているんだね」と笑われました。

 

ナタリーの言葉に励まされ、タラ・ブラックの『Radical Acceptance』を読んでいた最中に、腰を痛めました。重いものが持てない60代のレジデントの代わりに、皿洗いの残り水を入れた大きな水桶を植木に運び続けるうちに、痛めてしまったのです。

 

あまりにしんどくて、日本語でバーっと話したくて、時折休みの日にアメリカでお世話になった日本人の友だちに電話をしました。言いにくかっただろうけど、友だちは、こんなことを言ってくれました。

 

「別にかっこよくなる必要はないんだよ。大切なのは、自分を知ること。そして、それはそれでと認めること。他人の評価から自分を切り離せて初めて極められる。誤解だったら申し訳ないけど、他人の評価のみで自分の評価が決まるのがイヤになって、会社を辞めたんじゃないの?」。

 

当時の私にはまだその言葉は腑に落ちていませんでした。会社だろうが、研究室だろうが、禅センターだろうが、認められたい一心で、がんばり続けるのです。自分の居場所を確保するために。

 

休日は毎週片道1時間かけて山を降り、街まで針治療に通いました。そうじゃないと、ここには居られない。医師は何度も「重いものを持たないで。いくら治療してもこれじゃ治りませんよ」というけれど、それでは奉仕ができません。

 

そこでセンターのプレジデントに「私の体は十分奉仕ができないので、禅センターを去ろうと思います」と独参で伝えました。するとプレジデントが驚いて「去る必要はありません。あなたの問題は私たちコミュニティの問題です。一緒に解決していきましょう。出来ないことは他の人に頼んでください。あなたの練習です。本当に話してくれてありがとう」と言いました。

 

私は驚き、心が揺さぶられて、涙が出ないように目を大きく見開き、必死に無防備な自分を見せないように肩に力を入れました。「大変申し訳ありません」。
「謝る必要は、何もありません」。そう言われたとき、涙がポタポタと落ちて、俯いた顔から手の甲に落ちました。

 

当時の私は、「助けてほしい」と言えませんでした。自分勝手で、恥だと思っていたからです。ほかのアメリカ人やオーストラリア人のレジデントたちのように「私はこれがしたい」「あれが出来ない」「この部屋がいい」と上手に言えませんでした。誤解なく英語で伝える方法がわからなかったし、努力が足りない、迷惑をかけてはいけないとも思っていました。日本人の国民性もあると思います。

 

「私の問題は、みんなの問題?」。

夜の片付けが済んだら部屋にこもって『ラディカル アクセプタンス』や『The Instruction to the Cook』などを読み漁りました。わがままと自己受容の違いを腑に落とすために。

 

ある日食事の片付けで、ほかのレジデントが「こうしたらいいのよ」と水桶の水をざぁっと流しに2/3ほど流してから、残りの水だけを運んで植木にやりました。干ばつ続きだったので、私は呆気にとられました。彼女のことを自分勝手だと日頃思っていたところもあって、怒りさえ覚えました。

 

こんな自分勝手な行動をとるぐらいなら、腰を痛めたほうがマシだと。

 

すると、彼女がこんな言葉を贈ってくれたのです。

 

「水はたくさんあるの。でもあなたの腰はひとつなの。あなたはこの世界であなた一人なのよ」と。

 

彼女のことが苦手だったのは、彼女のことを怒っていたのは、彼女が私の出来ない“ありのままの自分を受け容れること”が出来ていたからでした。それに気づいたとき、そしてそれを受け容れたとき、彼女と深くつながれるようになりました。自分自身とも。

 

出来ないこと。助けが必要なこと。本当にやりたいこと。ただありのまま生きていてもいいこと。私たちはひょっとすると、その国民性で周りのために自分を殺して頑張りすぎるところがあるのではないか。違う国で少し暮らして、感じたことです。それは素晴らしい美徳でもあるし、誇りとして大切にしたいとも思っています。

 

でも、自分の気持ちを大事にしてもいいんだ。自分を傷つけてまでやらなくていいんだ。それは悪いことじゃないんだ。安心して断ってもいいんだ。

 

少しずつ伝えるようにしました。周りの人を、そして、ありのままの自分でも生きていていいんだと信頼するために。

 

禅センターの最終日に、レジデントに言われました。
「ここに来たときのあなたは、固く花びらを閉ざした蕾のようだった。それが少しずつ開いて、今は大きく開いて、その中に真珠が輝いているわ」。

 

真珠は私の誕生石です。明日から6月。
これを読んでくださったみなさん全員が、あなたの蕾のなかの、あなただけの誕生石を輝かせることを心から願っています。