物資が生産できる国、社会的ストックのある街づくり

新緑が美しい季節になりました。母は庭の花々を摘んで、食卓のテーブルや洗面所を彩る人なのですが、それは今私の習慣にもなりました。自然の美しさ、そこにどっしりと在るその存在感には心が安らぎます。

 

新型コロナウイルスの感染予防対策として、人と物理的な距離をとること(ソーシャル・ディスタンシング)が推奨されていますが、人間同士が離れて過ごすことで生じるストレスもまた問題視されています。有名な心理学者ハーロウの実験でも、赤ちゃん猿はミルクを与えてくれる針金で作られたサルのおもちゃよりも、温もりを与えてくれる柔らかい毛布で作られたサルのおもちゃにしがみついて、より長い時間過ごしたといいます(1)。私たちにはやはり触れ合いが必要なのです。

 

この心的ストレス策として、アイスランド林野局(The Icelandic Forestry Service)が提案したのが、人の代わりに木を抱きしめるという方法(2)。

 

東アイスランドに位置するハットルオルムススターザスコゥガルは、アイスランドで一番大きい森林面積を有する、85種類の樹種に恵まれた美しい国立公園です。森林警備隊の一人、フォール・フォルフィンソンさんはストレスフルなこの時期を、木を抱きしめることで乗り切ろうとオススメしています。

 

「5分もあれば、大変良いです。もし1日に5分間でも木を抱きしめることができるなら、十分です。抱きしめている間は、目をつぶってください。私の場合は幹に頬を寄せ、木の温かさとそこから流れてくるものを感じるようにしています。とてもリラックスした気持ちで、1日をスタートできますよ。だまされたと思って試してみてください。本当にそう感じられますから」(フォールさん)。

 

木に抱きつくことはなくても森林浴という言葉があるように、科学的にも心と体の健康のために自然から無数の利が受けられると証明されています。

 

例えば48名の日本人男性を治験者とした実験があります。彼らは二日間、森林もしくは街で1日12-15分程度の散歩をしました。その結果、森林で歩いた人たちのほうが心拍数は低く、心拍変動数は高く(*心拍変動数の高さはリラックス度の高さとストレス度の低さを示す)、アンケートの結果でもより高い気分の良さと不安の少なさを申告しました(3)。

 

庭に木々がなくても、近所に神社や公園の緑がなくても大丈夫。世界はもうデジタルの世界なのだから実体などなくてもOKと、自然の動画を見ることでも心と体のストレス効果があるという研究結果もあります。

 

研究では幸せな気分になれる1分間の動画か、壮大な自然の1分間の動画を治験者たちが観ました。壮大な自然の動画を観てその美しさを感じ、畏怖の念を抱いた人はそうでない人に比べて、より免疫機能に関連するバイオマーカーIL-6の値が低かったそうです。これは心臓疾患、うつ病、自己免疫疾患にかかる可能性が低くなる働きがあるとされるものです(4)。「リアルではなくても良い」との結果と一見思えますが、そこでは動画を観た人に自然の力を感じる感受性があるかが鍵を握っています。

 

今回の一件で都市にはリモートワークが整う企業も存在する一方で、人と人とが密集せざるを得ない都市デザインの脆さも露見されました。密集してスピードが速く効率的だった東京や大阪は、他県に比べて依然として非常事態下です。哲学者の内山節さんは、一部のインテリだけが守られるような全員テレワーク可能な社会というのは、実は社会的ストックのない脆弱な格差社会の現れではないかと指摘されていました。

 

社会的ストックとはいったいなんでしょう? 私はそれを人、自然、物資(生産力)と考えます。

 

労働者、工場、エンジニア、農生産者に頼れない、物資が生産できない国というのは非常時にその脆さが露呈します。今回の一件で、国が倒れずにすんでいるのは、農生産者、トラック運転手、スーパーのレジ係、看護師、医師、ごみ収集者たちのおかげというのも忘れてはなりません。

 

新型コロナ抑制薬の可能性が注目される富士フィルムの『アビガン』。原料である「マロン酸ジエチル」も中国生産に依存していましたが、今月16日から新潟県内の工場で国内生産が開始されることになったそうです(5)。政府は2020年度中に200万人分の備蓄を確保し、厚生労働省の予算約139億円をあてて不足分の130万人分を購入するとあるので、単純に計算すると一人分は約1万円となります(6)。結構な価格ですよね。

 

“安さ”“速さ”“均一性”に価値をおいたグローバル社会から、私たちは自然のリズムとも呼応しながら“適正価格”“適正時間”“多様性”という価値観をも認め始めるのかもしれません。これを機に都市での暮らしを見直す人も生まれるかもしれません。人口が減少するなか、農産業でも労働者をロボットと入れ替えた対策を試みていると聞きます。会えないなかでのZoomやMessengerでのコミュニケーションは、つながりを守る大きな助っ人です。高いテクノロジーに支えられながら、自然や生産力や安全性が共生する新しい時代。そこではサービスの価格や時間に対しても、”いくらが適正か””何が適正なのか”という、私たちの感性がより求められています。

 

参考
1. Harlow, H.F. (1959). Love in infant monkeys. Scientific American, 200, 68-86.
 2.https://www.icelandreview.com/nature-travel/forest-service-recommends-hugging-trees-while-you-cant-hug-others/
3.Juyong Lee et.al. (2014). Influence of Forest Therapy on Cardiovascular Relaxation in Young Adults. Hindawi Publishing Corporation Evidence-Based Complementary and Alternative Medicine.
https://doi.org/10.1155/2014/834360
4. Melanie Rudd, Kathleen D. Vohs, and Jennifer Aaker. (2011) ,”Awe Expands People’S Perception of Time, Alters Decision Making, and Enhances Well-Being”, in NA – Advances in Consumer Research Volume 39, eds. Rohini Ahluwalia, Tanya L. Chartrand, and Rebecca K. Ratner, Duluth, MN : Association for Consumer Research, Pages: 262-263.

5.https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200513/k10012428731000.html

6.https://www.yakuji.co.jp/entry78487.html